ひきこもりデイケアの3月
私が参加するひきこもりデイケアの歴史を振り返ってみても、この時期を境に、複数のメンバーが急にデイケアに姿を見せなくなったことがあります。もっとも、デイケアを卒業する人は例年はあまり多くなく、メンバーの顔ぶれはなかなか変わりません。一旦ひきこもりになってしまうと、そこから抜け出すのは簡単ではないということでしょうか。
デイケアを卒業しても、そのメンバーとの交流がそれで完全に途切れるわけではありません。デイケア在籍中からメールアドレスを交換しているのでいつでも連絡はとれますし、デイケア卒業後も近くに住んでいる人は多いので、じかに会うこともできます(ただ、卒業した人が脱ひきこもりに成功していると、私などは会いづらく感じます)。
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あるメンバーの一人は引越しのため、3月をもってデイケアを卒業することになりました。私はその人とメールアドレスを交換していたのですが、最後にお送りしたメールで「またときどきメールします」と書いたのでした。
しかし、実際はなかなかメールを送ることができませんでした。
どうしてかと言うと、送りにくかったからです。久しぶりにメールを送るとなると、どうしてもお互いの近況の話になりますが、「こちらはまだひきこもっています」などとは恥ずかしくてなかなか書けません。先方もまだひきこもっているとしたらやはり書きにくいでしょうし、ひきこもりを卒業していたとしたら余計な気を遣わせてしまいます。
そうしてずっと渋っているうちに、相手の方からメールが来たのでした。
「拍手」が多い記事(過去30日)
自分を全否定しようとするニートひきこもり 9
「コミュニケーション」の授業 8
うつ病、実は発展途上国にも多い? 7
英米のパラサイトシングル 5
「その時」への不安 5
子供の頃に感じた格差 5
先生の言うことを素直に聞いて 5
逆に、最近公開したにもかかわらず、「拍手」数が少なかったエントリーです。
デンマークの労働政策の考え方「フレキシキュリティ」 2
「社会的ひきこもり児」 2
こうして見てみると、人気エントリーとそうでないエントリーの傾向が見えてくるような気がします。
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昔の記事ですが、「拍手」をいただいたエントリーです。
中年ニート2〜働かない中高年の増加が示唆するもの 2
フリーター、ニートは低学歴者や学校中退者に多い 2
中年ニート1 〜衝撃!働かない中高年も増えている!? 1
履歴書の空白が大きいと就職できないんでしょ!? 1
ひきこもり、海外に脱出する 1
フリーター、ニートと「やりたいこと」 1
拍手をくださった方、ありがとうございました。
先生の言うことを素直に聞いて
同じクラスの別の生徒T君は、私とは対照的でした。教師の言うことは聞かず、学校の授業をおざなりにして、授業中に内職までしていました。どうやら、学校の授業よりも塾の授業を重視していたようです。彼は学校の定期テストには弱かったのですが、模試はとても強かったようです。
その後、二人とも大学に現役合格したのですが、私が中途半端な難易度の大学にしか合格できなかったのに対し、T君はけっこうな難関大学に合格していたのでした。
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大学在学中、私は大学の教官の指導にとても忠実な学生でした。教官の指導通りアルバイトは自粛して(母子家庭なのに…)学業に専念、おかげで成績表は「優」ばかりでした。
一方、こうした教官の指導に従わない学生がずいぶんといました。ある先輩は、単位は留年しない程度にそろえて(そのため、成績表は「可」ばかりでした)、時間は公務員試験の勉強に当てていました。学生の中でも特に多かったのは、学業がおろそかになってもアルバイトをする学生でした(これには経済的な事情もあったのでしょうが)。
卒業後、私は就職が決まらずニート、ひきこもりに。一方、例の先輩は、公務員試験に合格したそうです。他の学生も、はっきり分からないのですが、ちゃんと就職できた学生が多かったのではないかと思います。
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私が先生の指導に忠実すぎたため、かえって人生に失敗したのかどうかははっきり分かりません。先生方の指導に従わなければ、もっとひどいことになっていたかもしれません。ですが、人生がうまくいかないと、こうしたことも原因ではないかと疑ってかかりたくなります。
「健康上の理由」で働けない問題への政策的対応
政府はこうした人をニートに含めていながら、ニート対策には「人間力の強化の推進」などを挙げており、健康問題で働けない人については話は別、と考えているようです。こうした事情で働けない人については、特にこれといった政策的対応はなされていないのではないかと思います。病気やけがは、本人が病院に行くなどして治せばよいということなのでしょう。
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イギリスでは、健康と労働について、踏み込んだ政策が議論になっています。
今月17日に、イギリス政府の健康・労働問題のナショナルディレクターである Dame Carol Black 氏(前英国内科医師会会長)が、 "Working for a healthier tomorrow " と題するレビューを発表し、話題になりました。レビューでは、イギリス国民の健康を増進し、国民がよりよく働けるように、数々の提言がなされています。例えば、病気で仕事を休んだ人に対して、病欠が長期化する前の早い段階で介入を行う、"Fit for Work" が提言されています。
このようなレビューが出た背景には、イギリスが推進してきた "Welfare to Work"(福祉から労働へ) という政策があるようです。イギリスではメンタルヘルスなど、健康上の理由で働けず、就労不能手当等を受け取る人が相当数います。働けない人が存在することによる経済的コストは大変なもので、レビューによると年間1,000億ポンド(20兆円)を越えます。こうした人たちをできるだけ減らし、多くの人に労働に参加できるようにするということです。経済的な理由以外にも、「社会的排除」の是正などがこうした政策の根拠になっています。
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労働問題について、政府が国民の健康問題にまで踏み込むとは、驚きです。できるだけ多くの人を労働に参加させようという強い意志を感じます。
政府がここまで介入する必要があるのかという気もしないまでもないですが、これには労働へのインセンティブ(誘因)を削ぐ就労不能手当の存在など、イギリス特有の事情があるのでしょう。
子供の頃に感じた格差
彼のお父様は東京大学(大学院博士課程)のご出身で、国立大学教授という、社会的地位が大変高い職業に就いていたのです。お母様も大変聡明な方で、そのため、K君の家庭の文化レベルは非常に高かったのでした。家庭での会話も非常に知的で、テレビなどはほとんどつけず、つけるとしても、教養番組ぐらいしか見ていませんでした。そうした家庭環境で、K君のような賢い子が育つのは自然なことだろうと思われました。
一方、私の家庭環境は、K君のそれとは比べ物になりませんでした。知的な会話をしようものなら、「そんな、頭を使うような話するな!疲れる!」と親に叱られてしまいました。テレビはバラエティ番組ばかり見ていて、チャンネル権のない私が教養番組に変えようものなら、やはり叱られてしまったのでした。
■ 下層階級に留まらないために
私は、生意気にも、自分の家族のことを否定するようになりました。このような家庭環境に甘んじていては、このまま、下層階級の人間に留まってしまうと子供ながらに考えるようになったのです。これは、友達K君の影響もありましたが、学校の先生に啓発されたところも大きかったです。
そうして、家族とは距離を置き、勉強をし、本を読み、テレビを見るときも、自分にチャンネル権があるときは、できるだけ番組を選んで見るようにしました。家族からは「堅苦しい奴」「勉強ばっかり」と時に見下されもしました。
こうした傾向は富重家の伝統のようで、私の亡き父も、若い頃「こんな家族と一緒にいると馬鹿になる」と言い出し、一人で納屋にこもって勉強三昧の毎日を送っていたそうです。おかげで父は、富重家で初めての大学進学者となり、優秀なエンジニアとして活躍しました。父は若くして亡くなりましたが、生前に残した優れた学業成績とエンジニアとしての実績から、「富重家不世出の天才」とばかりに尊敬の対象とされるに至っています。
家族を否定したり馬鹿にしたりするのは道義的にどうかとも思うのですが、向上心は大事にしたいところです。私が言っても説得力がないかもしれませんが。
「その時」への不安
この頃、こうしたことをやたらと考えます。よくないことだと分かっていながらも、しょっちゅう考えてしまいます。
もともと私は心配性な上に、ネガティブ思考が強いです。これといった根拠もなく、何か悪いことが起きるのではないかと考える傾向があります。実は私は10歳のときに父を亡くしたのですが、そのことも、こうした傾向に影響を与えています。こうなったら、母も一体いつ亡くならないか分からないぞ、家の平穏はいつまで続くか分からないぞ、生きているといつ悪い出来事が起るか分からないぞ、と子供の頃から考えるようになったのです。
しかし、最近、母親についてやたらと悪いことばかり考えてしまうのは、自分が母親に経済的に依存しているニート、ひきこもりであることも関係しているのだろうと考えています。「その時」が来たら、もう自分は生きていけなくなる、大方、そのことに怯えているのでしょう。情けないことです。
しかし、それゆえに、母親のことがありがたくも思えてきます。私がひきこもりながらも、衣食住にそれほど不自由ない生活を送ることができるのも、母親のおかげなのです。この点、感謝しなければなりません。
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こうした心配性、ネガティブ思考も、必ずしも悪いことばかりではないのかもしれません。私は車を運転するとき、事故を起こすのではないかといつも不安なのですが、そうして用心して運転しているためか、これまでのところ無事故を通しており、免許証にはゴールド色の帯があります(ただし、いつも不安なので、ドライブが楽しいと感じたことは一度もありません)。
ですが、「その時」が来ることについては、不安だから予め何らかの対策をとる、ということができません。いつまでも、ひきこもったままです。
「社会的ひきこもり児」
「ひきこもり」が知られるところになったのは、1998年の斉藤環著『社会的ひきこもり』がきっかけでしょう。この本が出てから、そろそろ丸10年になります。ところで、その斉藤環氏の著書よりさらに前、1992年頃に開かれた第17回日本行動療法学会において、「社会的ひきこもり児の行動評定に関する検討」という演題があったことをたまたま発見し、驚きました。
翌1993年には、「不登校を伴う社会的ひきこもり児に関する社会的スキル訓練」という研究が、『特殊教育学研究』という雑誌に掲載されたそうです。
■ 社会的ひきこもり児
もっとも、おそらくここで言う「社会的ひきこもり児」は、斉藤環氏が言う「社会的ひきこもり」とは別物ではないかと思います。これは日本行動療法学会の抄録や『特殊教育学研究』を読んでみないとはっきり分からないのですが、もしかすると 「社会的ひきこもり児」は、"socially withdrawn children" ないし "socially withdrawn child" という英語を日本語に訳したものではないかと推測しています。
※ "withdrawn" は形容詞で、「ひきこもった」という意味があります。
■ socially withdrawn children
"socially withdrawn children" という言葉は、英語圏では学術界で1950年代には既に使われていたようです。
1991年のある論文によると、"socially withdrawn children" は 「仲間集団から孤立している」("isolate themselves from peer group")子供たちのことです。ただし、同じ孤立している子供でも、攻撃的ふるまいによって孤立させられた子供たちとは区別されます。
こうした子供たちの社会的ひきこもりは、幼児期における内在化障害(不安障害、抑うつ障害など)の一つの症状と見なされてきたそうです。興奮の閾値が低いといった生物学的な話も出てきます(Jerome Kagan ハーバード大教授の研究など)。
このあたりの話は、「ニートひきこもりJournal 別館」で以前お話した、メリーランド大学の研究と重なります。
↓ そのうち、ひとつ
「ひきこもりの子、幼少期の親子関係に問題?」
いずれにせよ、先に出てきた「社会的ひきこもり児」は、おそらく "socially withdrawn children" の邦訳ではないかと思うのですが、これは斉藤環氏が言う「社会的ひきこもり」とは別物でしょう。だいいち、斉藤氏が言う「社会的ひきこもり」は思春期問題なのに対し、"socially withdrawn children" は思春期に達していない子供も対象に入れているようですから。
[文献]
◇ Rubin, H, K., Hymel, S., Mills, S.L.R., and Rose-Kransor, L. (1991). Conceptualizing different development pathways to and from social. isolation in childhood. In Cicchetti, D. and Toth, L.S. (Eds.), Internalizing and Externalizing Expressions of Dysfunction (pp. 91-123). New Jersey : Lawrence Erlbaum Associates.
うつ病、実は発展途上国にも多い?
うつ病や、不安による精神障害は、長い間西洋の悩み、裕福な人の病であると見なされてきた。しかし、新たな研究により、うつ病は貧しい国々でも同じぐらいあることであり、その割合はある年において最大20%であることが分かった。
Depression and anxiety have long been seen as Western afflictions, diseases of the affluent. But new studies find that they are just as common in poor countries, with rates up to 20 percent in a given year.
International Hearld Triune より。
この IHT の記事はインドのゴアという地域のメンタルヘルス事情を報告しているのですが、その中で、貧困がうつ病や不安による精神障害の原因になるという公衆衛生当局の話や、途上国ではうつ病が見逃されているという London School of Hygiene and Tropical Medicine(ロンドン大学衛生学熱帯医学大学院)の Vikram Patel 博士の話が引用されています。
日本でも、少なくともネット上では、うつ病は途上国にはないとか、中にはうつ病は贅沢病だという声があります。そして、途上国の人は毎日食べていくだけで精一杯の生活をしているからうつ病にはならないとか、先進国はストレスが多くうつ病になりやすいとか、もっともらしい理由付けが行われています。
どちらの言うことが正しいのか、分からなくなってきました。心情としては、国際的な高級紙(と言っていいのでしょうか)である IHT の言うことの方を信じたくはなります。しかし、たとえ高級紙であっても、記事の内容を鵜呑みにするわけにはいきません。IHT に出ていた貧しい国々でも多かったという「新たな研究」(new studies)にしても、出典が明記されていません。
どちらが正しいのか判断する能力を持ち合わせていない自分が悔しいですが、なにはともあれ、「貧しい国には、うつ病なんてない」というよくある声には、少し疑ってかかることにします。
[新聞記事の出典]
◇ Kohn, D. (2008, March 11). Psychotherapy for all: An experiment in India. International Hearld Triune . Retrieved March 11, 2008 from
http://www.iht.com/articles/2008/03/11/
healthscience/11psych.php?page=1
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ポピュラー音楽のイベントとひきこもり
しかし、私は昔からそういうイベントには関心を持ちつつも、とても怖くて行く気さえ起こりませんでした(実に情けない話です)。これは、ひきこもり、ニートになる前からそうでした。すぐ近くでお気に入りの歌手のイベントが開かれ、しかもそれが無料で見ることができるという絶好のチャンスに恵まれても、一人自分の部屋に閉じこもって、ラジオやテレビを通じて、イベントの内容を見聞きしていたのです。
私は演歌歌手、それも知名度が低い発展途上の若手歌手を好むという、この世代としては変わった嗜好があったのですが、こうした歌手に限って、地方を回って小さなイベントで歌ったり、キャンペーンでレコード店を訪れたりしていて、ファンとの距離が近いものです。しかし、私は歌手に近づくなど怖くてできなかったのですから、困ったものです。
その後私はひきこもりになってしまうのですが、こうしたポピュラー音楽の楽しみ方を振り返ってみても、当時から私はひきこもりになる素因のようなものを持っていたのかもしれないなあと考えてしまいます。
もっとも、私がこの種のイベントに近づけなかったのは、ファンは高齢な人ばかりという演歌独特の事情もありました。私のような若者がイベントに行こうものなら、浮いてしまうのではないかということです。
デンマークの労働政策の考え方「フレキシキュリティ」
「私たちがヨーロッパで発展させてきたこのフレキシキュリティのモデルは、日本のモデルになり得ると確信している」
“I am convinced that this model of flexicurity that we have developed in Europe could be a model in Japan” (Pilling, 2008)
EU の雇用担当委員で、元チェコ首相の Vladimir Spidla 氏の言葉です。
フレキシキュリティは、フレキシブルとセキュリティを組み合わせた造語で、フレキシブルな(柔軟な)労働市場と雇用の保障の確保を両立した労働政策の考え方です。
フレキシブルな労働市場とは、企業が労働者を解雇しやすく、かつ労働者が雇用されやすい労働市場のことです。フレキシブルな労働市場がなぜ大事かというと、労働力が経済環境の変化に対応して他部門に円滑に移動しやすくなるからです。特に近年のように技術の発達が目覚しい状況だと、これは重要になります。労働が他部門に移動する際には、時に教育、職業訓練が必要になります。
フレキシキュリティについては、独立行政法人の労働政策研究・研修機構のウェブサイトに分かりやすく解説されたコラムがあります。「ゴールデントライアングル」など、制度の詳しい説明はそちらに譲ります。
http://www.jil.go.jp/column/bn/colum072.htm
フレキシキュリティは、市場原理を生かして労働力の効率的な配分を図りつつ、雇用も保証しようとする、面白い考え方だと思います。
もともとフレキシキュリティ政策はデンマークで発展したのですが、近年は欧州委員会が同政策の推進を提案するなど、広くヨーロッパで注目を集めているようです。ただ、Vladimir Spidla 氏が言うように、このモデルを日本でも導入すべきかどうかは、私には分かりません。労働政策研究・研修機構のコラムを読む限り、日本での導入は簡単ではなさそうです。
[出典]
◇ Pilling, D. (2008, Jan 21 ). Japan ‘should adopt European labour model’. Financial Times. Retrieved March 10, 2008 from
http://www.ft.com/cms/s/0/
c44cfd9e-c7ac-11dc-a0b4-0000779fd2ac,dwp_uuid=
70662e7c-3027-11da-ba9f-00000e2511c8.html
自分を全否定しようとするニートひきこもり
ときどき、ニートやひきこもりは親の育て方が悪いと言う人がいますが、これは、幼少期から今日に至るまでの育て方が根本的に間違っていたという意味ではないかと、つい考えてしまいます。そして、そういう育てられ方をしたニート、ひきこもり本人も、根本的におかしいということではないかと考えてしまいます。
しかし、もしかしたら、案外そうでもないのかもしれないと最近考えるようになってきました。間違っていたのは自分の全てではなく、一部にすぎなかったのかもしれません。例えば、これまでに積み重ねてきたことは間違いとは言えないけれども、就職活動のこういうところに問題があったとか。このように冷静に考えると、余計な自信を失わないですむことになるかもしれません。親の育て方についてはよく分かりませんが。
ですが、どう考えても自分の全てが間違っていたとしか思えない、自分を全否定するしかない、そういう結論しか得られない場合、どうなってしまうのだろうかと思います。
「コミュニケーション」の授業
というのも、私は人とコミュニケーションをとることが当時から大変苦手だったからです。なにしろ、場面緘黙症の疑いがあり、場合によっては通級指導教室に通うことになっていたかもしれない私です。
「コミュニケーション」という授業がなかったのは、おそらく児童生徒のコミュニケーション能力は、本人が毎日の生活の中で身につけていくもの、あるいは自然と身についていくものと考えられていたからでしょう。わざわざ学校が授業を設けて指導するような類の問題ではないということです。
しかし、中にはそうして放って置かれてもコミュニケーション能力が伸びない子もいるわけで、私などはまさにそうでした。このため、学校に授業を設けて欲しいなどと考えていたわけです。それにしても、学校に授業が欲しいとは、他人任せの考えです。
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ニート、ひきこもりの人にはコミュニケーションをとることが苦手と訴える人が多いようですが、こうした人は、青年期までに社会が求める水準のコミュニケーション能力を身につけることができなかったのでしょう。その人が就職する前にコミュニケーション能力を身につける努力を怠ったことが悪いのか、学校が悪いのか、家庭が悪いのか、地域社会が悪いのか、インターネットの発達が悪いのか、よく分かりませんが。なんにせよ、コミュニケーション能力は放っておいても毎日の生活の中で本人が身につけていくもの、あるいは自然と身についていくものとというわけでは必ずしもなさそうです。
なお、私は大学卒業後にひきこもってしまったのですが、その後、ひきこもりデイケアに通って、心理士が見守る特殊な環境の中、ようやくコミュニケーション能力を少しはましな程度まで高めることができたのでした。こうした特殊な環境でもないと、コミュニケーション能力を伸ばそうとしても、私にはなかなか大変でした。もっとも、私の場合は場面緘黙症の疑いがあったので、少し特殊な例だったかもしれませんが。
英米のパラサイトシングル
日本には相互依存の文化があるのに対し、欧米には自立の文化がある。このため、そこそこの年齢の若者が親と一緒に過ごすなんてことは欧米では考えられない。欧米にひきこもり問題がないのもそのため(ただ、若年ホームレスは多い?)と私は思い込んでいました。しかし、これはとんだ心得違いだったようです。英米では「ブーメラン世代」(Boomerang Generation)といって、大学を卒業後、親元にブーメランのごとく戻って来て、働きながらも親に経済的に頼る若者が増えているそうです。英米のパラサイトシングルといったところでしょうか。
私がブーメラン世代のことを知ったのは、先週・先々週に放送されたNHKラジオ「ビジネス英会話」を聞いたのがきっかけでした。その後、インターネットでニュース関連のサイトを検索したところ、USATODAY や Washington Post、Financial Times や Guardian といったアメリカやイギリスの新聞社のサイトが数多くヒットしたので、なるほどこれは間違いなさそうだと納得したわけです。
ブーメラン世代がなぜ増加したかというと、若者に自立するだけの経済的余裕がなくなったからというのがオーソドックスな説明です。特にアメリカでは、大学の学費の高騰が深刻な問題になっていると聞きます。例えば、多額のローンを抱えたまま大学を卒業し、少しでも生活費を節約してローンの返済にあてるべく、親と同居の道を選ぶわけです。そして、それに同意する親もいるわけです。
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一方、違った見方をする研究者もいます。スタンフォード大学の Michael Rosenfeld 准教授(右の本の著者)がアメリカの国勢調査資料を1880年まで遡って調べたのですが、より広い歴史的な観点で見ると、ブーメランの増加はとるに足りないものと主張しています。[親と離れて暮らす 20-29歳の独身者の割合]
1880年 19%
1950年 11%
2005年 41%
[親と一緒に暮らす 20-29歳の独身者の割合]
2000年 男42% 女36%
2005年 男46% 女39%
それにしても、アメリカでは、親と離れて暮らす若者はどうやら戦後に増えたようですね。2000年でも親元に戻る若者が40%前後いて、若者の親との同居はアメリカにおいても決して珍しくないことが分かります。なにはともあれ、私は認識不足でした…。
[数字の出典]
Jayson, S., (2007, Mar 13). Analysis: 'Boomerang' generation mostly hype. USATODAY. Retrieved March 3, 2008 from
http://www.usatoday.com/news/nation/
2007-03-13-analysis-boomerang_n.htm











