ニートひきこもりのゴールデンウィーク

「ニートやひきこもりの人は、ゴールデンウィークなんて関係ないだろう。普段仕事にも学校にも行かないのだから」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

少なくとも私について言えば、だいたいその通りです。

ただ、もう少し付け加えると、実は全く関係ないということはありません。確かに私は通勤・通学の必要はなく、その意味では年中休日です。しかし、平日仕事に出ている親はそうではありません。親はこの連休中は家で過ごす時間が多くなります。そのため私は、親と同じ屋根の下で過ごす時間が多くなるわけです。

親が家にいると緊張して落ち着きません。仕事に出ていてくれた方が自分はリラックスできる、などと考えてしまうこともありますが、これは思い上がりです。私などよりも、一家の生計を立てている親の方こそ家で自由に過ごす優先的な権利があるというものです。

とにかくそういうわけで、ニート、ひきこもりの私にとっても、ゴールデンウィークは少し特別な期間です。

などと私のことを書きましたが、親の方は、この連休中私と過ごす時間が増えることについてどう考えているのでしょうか。そういえば、この前、連休中に一緒に山に桜を見に行かないかと誘われました。私の住む地域のある山地に桜の名所があるのですが、自分で山道を運転をする自信はないから、私に代わりに運転して欲しいということでした。私も運転に自信がないので、断ったのですが。

全国のニート、ひきこもりの人がいる家庭では、ゴールデンウィークはどういう様子なのでしょうか。

※ 昨年の8月にも、全く同じタイトルの記事を書いていました。書いた本人が忘れていました。
「ニートひきこもりのゴールデンウィーク」

「拍手」が多い記事(過去30日)

過去30日の間にいただいた「拍手」数が比較的多いエントリーをまとめました。拍手数は、2008年4月28日21:00現在の数字です。

ひきこもりデイケアの3月 10
ニートひきこもりが見る夢 8
場面緘黙症(選択性緘黙)を知って 7
タレントは友達代わりになるのか 6
ニートの経済学的再検討 5
「拍手」が多い記事(過去30日) 5
社会適応のためにカラオケ(前編) 5
「動物の世界なら生きていけない」 5

逆に、最近公開したにもかかわらず、「拍手」数が少なかったエントリーです。

正規労働者と非正規労働者の賃金格差について 2

各エントリーにどれだけの拍手をいただけるかは、私には簡単に予想できません。例えば、「場面緘黙症(選択性緘黙)を知って」ですが、これはニートともひきこもりとも直接関係ないエントリーなので、拍手数は期待できないと踏んでいました。ですが、7拍手をいただき、堂々3位に入りました。

* * * * * * * * * *

昔に書いたものですが、「拍手」をいただいたエントリーです。ただし、「アクセス、反響を頂いた記事」にリストされている記事は除きました。

中年ニート2〜働かない中高年の増加が示唆するもの 1
目次(2006年1月分) 1
荒川静香選手とニート 1
ひきこもり、海外に脱出する 1

たくさんの拍手、ありがとうございました。今後の参考にします。

ニートひきこもりが見る夢

ここで言う「夢」とは、私が寝ている間に見る「夢」のことです。その中でも、覚えている夢についての話です。

■ 夢に出てくる登場人物

まず、私が見る夢の登場人物はどういうわけか、小学校〜大学時代に出会ったクラスメイトや先生といった過去の人ばかりです。

毎日顔を合わせている家族が夢に出ることは、滅多にありません。ひきこもりデイケアのメンバーや心理士も、滅多に夢には出てきません。

■ 夢の内容

私が見る夢の内容には、移り変わりがあります。

◇ 高いところから落ちる夢

ニート、ひきこもりになって間もない頃には、はっきり覚えていないのですが、ビルのような高い建物から落ちてしまう夢を見ることが多かったと思います。

◇ 卒業できない夢

ある程度ニート、ひきこもり生活が長くなると、今度は学校で勉強や試験をしている夢を見ることが多くなります。そうした夢は大抵、周りの生徒・学生は卒業するのに、自分だけ卒業できないというオチが付いています。似たような夢として、放課後になったのに自分だけ帰ることができないとか、とにかく自分だけ終わらないという夢を見ることが多かったです。

◇ 空を飛ぶ夢

最近は実にいろんな夢を見ますが、どのような夢でも、なぜか空を飛んでいることが多いです。卒業できない夢は、以前ほどではありませんが、今でも見ます。

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夢に何らかの意味づけができるかどうかについては、私にはよく分かりません。起きている間に入ってきた情報を脳が整理している間に夢を見る、という趣旨のことが、以前読んだイギリスの心理学の本には書いてありましたが、このあたりもよく分かりません。ただ、少し気になったので書いて見ました。

場面緘黙症(選択性緘黙)を知って

場面緘黙児への支援―学校で話せない子を助けるために今回は、「場面緘黙症(選択性緘黙)」についてのエントリーです。

場面緘黙症(ばめん・かんもくしょう)は、器質的障害がないにもかかわらず、特定の場面(主に幼稚園、学校)で話すことができない情緒障害です。主に幼稚園〜小学校低学年の子供がなるものですが、症状が長引くなどして青年期以降にもこの症状を持つ人もいます。

場面緘黙症が重い子の中には、学校でトイレに行くことができない子や、給食を食べることができない子もいます。また、幼稚園や学校にとどまらず、家庭でも話すことができない子もいます。

ただの内気、恥ずかしがり屋、引っ込み思案ではありません。それらの極端なものです。

場面緘黙症の原因については諸説ありますが、近年の研究では、不安障害との関連が指摘されています。

こうした子供たちに無理に声を出させようとすると、かえって緘黙症状が悪化します。そのようなことは行ってはなりません。

場面緘黙症は国際的に認知度が低いですが、アメリカやイギリスなど海外では、大手メディアが場面緘黙症を正面から取り上げる特集を組むなど、啓発活動が進んでいます。日本ではまだまだです。

詳しくは、姉妹サイト「場面緘黙症Journal」へ。

「動物の世界なら生きていけない」

私がたしか小〜中学校の頃、年下の子から「お前のような奴は、動物の世界なら、絶対に生きていくことはできない」などと言われたことがあります。

動物の世界は生存競争が激しく、弱いものは生き残ることができません。そうした世界であれば、お前のような奴はとっくに死んでいるだろうと、その年下の子は言いたかったのでしょう。いや、動物の世界ならばお前のような奴はとっくに死んでいるのに、人間の世界だから生きていけるのだ、人間界の理不尽なことよ、と言わんとしていたのかもしれません。

年下の子からこのように侮辱されるとは、情けない限りです。しかし、間違ったことを言っているとも思えませんでした。そして、「お前のような奴は、動物の世界なら、絶対に生きていくことはできない」という言葉は、そっくりそのまま、今の私にも当てはまっているように思います。

もっとも、動物の世界で生き残れなくても、人間の世界で生きていくことができれば何も問題ないようにも思えます。しかし、いくら生き残っているとは言え、ニート、ひきこもりという、人間の世界では好ましくないと思われている生き残り方をしている私がこう言っても仕方がありません。

タレントは友達代わりになるのか

人とコミュニケーションをとるのが苦手なせいか、昔からなかなか友達ができません。

そんな私が、ある時期、演歌歌手(!)がディスクジョッキーを担当するラジオ番組をよく聴いていました。今からかなり前、まだ私がニート、ひきこもりになる前の頃です。

ラジオを聴いていたのは演歌・歌謡曲が好きだったからにほかならないのですが、もしかすると、演歌歌手を勝手に自分の「友達代わり」にしていたのかもしれません。

私の演歌の楽しみ方は、以前「ポピュラー音楽のイベントとひきこもり」でお話したとおりで、イベントには顔を出さず、一人自分の部屋に閉じこもって、ラジオやテレビを通じて、イベントの内容を見聞きするというものでした。

そんな私ですが、実は演歌歌手とコミュニケーションをとったことがあります。

たった一度だけ、演歌歌手のイベントに顔を出したことがあり、そのときに歌手とちょっとしたコミュニケーションがあったのでした。さらに、やはりたった一度だけ、演歌歌手のラジオ番組に投書したことがあり、幸か不幸かそれが採用されて、私が書いた文章を演歌歌手が読み上げたことがあったのでした。

そのときに感じたことは…たとえ相手がタレントであっても、やはりコミュニケーションがうまくとれないと困るという現実でした(当たり前と言えば当たり前ですね)。私は勝手に演歌歌手を友達代わり?にして、熱烈な思いを抱いていました。しかし、いざ実際にその歌手と会ったりしてみると、歌手とギクシャクしてしまったのです。相手の歌手も、困ってしまっていたかもしれません。夢の世界から、現実に引き戻されてしまったのでした。

それにしても、現実世界で友達ができない人に、勝手に友達代わりにされると、歌手はどのように感じるものなのでしょうか。

ニートの経済学的再検討

ニートの問題となると、印象論が多くなりがちです(ひきこもりにしても、そうです)。

しかし、学術研究の世界では、印象論で論じられることは普通ありません。特に下記の論文は、ニートについて、きちんとしたデータに基づいて論及しており、興味深いです。

玄田有史「若年無業の経済学的再検討」『日本労働研究雑誌』2007年10月号(No.567)
(リンクは、「独立行政法人 労働政策研究・研修機構ウェブサイト」より)

この論文では、ニートの存在が「所得効果」「期待収益率」など、経済学の枠組みで解釈可能であることが実証分析により示されています。

惜しむらくは、基礎となる就業構造基本調査のデータが1992年、1997年、2002年に限られていて、特に比較的最近の2007年のデータが欠けていることです。しかし、これは仕方がないでしょう。2007年の就業構造基本調査の調査結果の公表はこれからです。これからの公表で、ニートについてのさらなる研究の進展が期待されます。

なお、上の研究は、ニートについて一般的な傾向について論じているのですが、私個人について言えば、「所得効果」「期待収益率」でどれほどニート行動を説明できるか疑問です。たとえ一文無しになっても、たとえ時給1万円の仕事にありつける機会が得られたとしても、私の場合、そう簡単にはニートを脱出しない(できない)でしょう。といっても確たる根拠はなく、そんな気がするだけですけれども。

なぜ私は英語を勉強するのか

私はひきこもりながらも、毎日英語の勉強を欠かしません(しかし、相変わらず英語は苦手です…)。

私が英語を勉強するのには、いくつか理由があります。

1 自宅で無為に時間を浪費するのが耐えられないから

私は多くの時間を何もせず過ごしたり、娯楽に費やしたりすることが耐えられない性質です。時間は何か有意義なことに使わずにはいられません。NHKの講座など安価な教材のおかげで、英語の勉強は、時間の使い方としてはお金がかからず(ただし、「機会費用」(後述)が…)、敷居が低いです。

2 英語力がいずれどこかで役立つかもしれないから

これには確証がありません。むしろ、英語の勉強に費やす莫大な時間やお金は、別のことに使った方が良いのではないかと不安に思うこともあります(私は経済学部で「機会費用」を学びました)。

このため私は、漠然とした理由で英語の勉強を始めようとするニート、ひきこもりの人には、「英語の勉強はすすめない」と言っています(自分がそうなのに…)。ニート、ひきこもりの再就職後のことを考えても、おそらく英語力を必要とするような職場に就くことはあまりないのではないかと考えています。多くの人は、あまり高度な技能は必要とされない職にありつくのが精一杯ではないでしょうか。

私の場合、今のところ、情報収集には役立っています。例えば、ウェブサイトで情報を発信するときに、海外のあまり知られていない情報を輸入して、集客し、広告収入の増加につなげたこともあります(特に姉妹サイトがそうです)。


3 学士(経済学)として、英語ぐらいはできるようにしたいと考えたから

大卒、特に経済学部卒は、英語ができることが望ましいと考えたからです。経済学はアメリカ、イギリスなど、英語圏を中心に発達してきた学問です。また、現実の経済にしても地球規模で動いており、情報収集には、できれば共通言語である英語を読めることが望ましいと考えています。

経済・生活問題で自殺した若者の数の推移

就職氷河期は、ニート、ひきこもりの増加の背景に挙げられることが多いです。ではその氷河期時代に、就職難で悩み、ニートにもひきこもりにもならずに、あるいはそれらを経験した後に、不幸にして自殺に追い込まれた若者は増えたのでしょうか。

2004年3月24日の『読売新聞』(電子版)には、「就職難で?学生の自殺増加、大学側が予防に本腰」という記事が掲載されています。

ですが、自殺統計はそれを裏付けているのだろうかと疑問に感じ、警察庁や統計局の資料に目を通していました。

■ 自殺の原因・動機

自殺者の原因・動機について統計的に把握するのは限界があります。統計上は、自殺の原因・動機は遺書をもとに判断されるのですが、遺書を残さずに自殺する人が実に多いからです(例。平成18年中は、警察庁によると、3,395名の20〜29歳の若者が自殺しましたが、このうち遺書を残したのは1,031名に過ぎませんでした)。遺書から、自殺の原因・動機がはっきりするもののみを見るほかありません。

警察庁は、自殺の原因・動機を、「家庭問題」「健康問題」「経済・生活問題」「勤務問題」「男女問題」「学校問題」「その他」「不詳」に分類しているのですが、就職難で自殺した者はこれらのうちどれに分類されるのだろうかと悩んでしまいます。「経済・生活問題」が最も近そうなので、これに注目して見ていきます。

以下の表は、年次別の20-29歳人口、そのうちの自殺者数、そのうち遺書を残した者の総数、さらにそのうち経済・生活問題で自殺した者をまとめたものです。

表1 経済・生活問題で自殺した若者の推移(単位:人、20-29歳人口のみ万人)
年次20-29歳人口自殺者数遺書あり経済・生活問題で自殺
20011,8043,095795139
2002 1,7443,018816159
20031,6973,353886174
20041,6483,247993204
20051,5633,409976177
20061,5333,3951,071171
資料:統計局ホームページ/人口推計(http://www.stat.go.jp/data/jinsui/index.htm 最終アクセス2008年4月11日)。統計(警察庁)(http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm 最終アクセス2008年4月11日より)。これらより作成。

20-29歳人口は減少傾向にあるにもかかわらず、経済・生活問題で自殺した者の数は2004年まで増加の一途をたどっています。2004年には204人に達していますが、これは2001年のおよそ1.5倍の水準です。

ただし、その数は、何十万人とも言われるニート、ひきこもりのそれに比べると、遺書を残さなかった自殺者数や年齢の幅を考慮に入れても、非常に少ないことが分かります。

■ 限界

自殺の原因・動機については、2001〜2006年までのデータしか集めることができませんでした。できれば、就職氷河期以前からのデータを集めたかったです。

また、ここで取り上げたのはあくまで「経済・生活問題で自殺」した者の数であり、就職難で自殺した者とは異なります(これが大きい…)。

■ 参考資料〜増える若者の自殺

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正規労働者と非正規労働者の賃金格差について

正規労働者と非正規労働者の賃金格差は、経済学的にはどう説明されるのだろうかとずっと疑問に思っていました。

不勉強な私は、先行研究に十分に目を通していないので、経済学者の間でどう説明されているかほとんど知りません。知っている限りのこと(学部レベルの知識)で、考えています。

○ 生産性

市場メカニズムが有効に働いていれば、賃金は生産性によって決まるというのが最も基本的な考え方ではないかと思います。生産性の高い労働は賃金が高いですが、そうでない労働の賃金はそれなりです。生産性格差が賃金格差を生みます。

「生産性を反映しない賃金差があれば、市場メカニズムによって、割安な労働力の需要が増大し格差が修正され、長期的には賃金格差は生産性の格差に収斂していく」[1] ため、長期的には、同一生産性・同一賃金が実現するはずです。

ですが、何らかの理由により市場メカニズムが有効に働いていなければ、この限りではありません。

この生産性だけで説明できない賃金格差があるのであれば、他に何かあるはずです。

○ 仕事の属性

補償賃金格差というものがあります。3K(きつい、汚い、危険」)労働はその分かりやすい例ですが、こうした負担が多い仕事は、その分賃金が高くなります。仕事の属性によって、賃金も変わってくるということです。

○ 労働組合

労働組合の力も賃金に影響を与えます。非正規労働者は正規労働者よりも労組加入率が低いという話を聞いたことがありますが、どうなのでしょうか。

○ その他

その他にも、差別など、賃金格差は様々な要因によって決まります。

* * * * * * * * * *

正規労働者と非正規労働者の賃金格差は、これらのうちどれによって説明できるのでしょうか。

今月7日に発表された、OECD の "Economic Survey of Japan 2008" は、「正規労働者と非正規労働者の間の生産性の差は、賃金の差よりも小さい」 ([T]he difference in productivity between regular and non-regular workers is much smaller than the wage gap) [2] と分析しています。これが一つのヒントになりそうです。


[1] 永瀬伸子「非正社員と正社員の賃金格差の納得性に関する分析」『国立女性教育会館研究紀要』Vol.7、4ページ。
[2] OECD, "Economic survey of Japan 2008",
http://www.oecd.org/document/23/
0,3343,en_2649_201185_40375191_1_1_1_1,00.html
[2008 Apr 9]

社会適応のためにカラオケ(後編)

社会適応のためにカラオケ(前編)」の続きです。

■ デイケア本番

「予習」を終えて、いよいよデイケアの日がやってきました。ひきこもりメンバーと心理士で、カラオケボックスに行きました。

しかし、大勢(といっても、私を合わせて6人)の前で歌を歌うのは想像以上に不安を伴うことでした。考えただけで、体中に汗が出てきました。おまけに、「予習」段階で試しに歌ってみた歌が、このカラオケボックスではないではありませんか(カラオケに慣れていなかったので、予想もつきませんでした)。

私は「歌ってみたら」と誘われたのですが、断ってしまいました。小さくなっている私をよそに、周りのメンバーや心理士が気持ち良さそうに歌っていました。

これではよくありません。この日のためになんのための「予習」をしてきたのか、分かりません。そこで、ある人が歌い終わった後、一念発起して「私、歌います!」と言い出し、メンバーの了承をいただいた上で、リモコンを取りました。しかし、緊張のあまり、リモコンを持つ手が激しく震えました。歌いたい曲を指定しようにも、思うようになりません。

何度も失敗して、ようやく指定したのが、天道よしみの「道頓堀人情」でした。私は演歌が好きですが、若い人の間で流行っている歌のことはよく分かりません。歌っている最中も、緊張のあまり、マイクを持つ手は震えるわ、汗はダクダク出てくるわで、大変でした。それでもなんとか3番まで歌いきったのでした。

なんとも情けないカラオケ体験でしたが、大勢の前でカラオケで歌うのは初めてだったので、このようなものなのかもしれません。

■ デイケア後の反省

無事デイケアは終わったのですが、私が気になったのは、一緒に参加していたあるベテラン男性心理士でした。この方は「カラオケは歌えない」ということで最後まで1曲も歌うことがなかったのですが、聞き役に周って、カラオケの場を盛り上げていたのでした。なるほど、カラオケが歌えないなら、こういうするのも一つの手かと勉強になりました。

もう一つ。私は大勢の前で好きな演歌を歌ったのですが、カラオケに参加していた人は、ベテラン男性心理士を除いて全て若い人たちです。演歌など聞きたくなかったに違いありません。先日、あるテレビ番組で、若い演歌歌手が、「みんなと一緒にカラオケに行く時は、気を遣ってポップスを歌うけれど、一人でカラオケに行く時は演歌ばかり歌っている」というようなことを話していて、その社交性の高さに感心したのですが、こうした配慮が必要だったでしょう。

社会適応のためにカラオケ(前編)

ひきこもりの私にとって、社会適応のために最も必要なスキルの一つは、カラオケではないかと考えていた時期があります。いまどきカラオケも歌えないようでは、職場の付き合いはもちろん、プライベートでもまともな友達づきあいはできず、社会不適応者になってしまうと真剣に思いつめていたのです。

今になって冷静に考えてみれば、果たしてカラオケがそこまで重要なことだろうかと少し疑問にも思います。確かにカラオケが歌えないと不自由を感じる場面は出てくるかもしれませんが、特にひきこもりの人には、もっと他に大事なことがあるのではないかと思います。

私はもともと、カラオケを歌うのは不良という極端なことを考えていて、これがカラオケを敬遠する理由の一つになっていました(「カラオケは不良の行くところだと思ってた!」参照)。ですが、ひきこもりになって色々考えているうちに、考えが変わりました。

■ ひきこもりデイケアでカラオケへ!

そこである日、ひきこもりデイケアのスケジュール決めのときに、私自ら「カラオケに行きたい!」と提案しました。苦手なカラオケに挑戦しようということです。これが他メンバーからの支持をいただいて、デイケアでカラオケに行くことになったのでした。

ですが、いきなりデイケアで、多くのメンバーや心理士が見ている中、歌を歌うのは私には難しそうでした。そこでまず、私一人だけでカラオケボックスに行って歌を歌い、それに慣れてから、デイケアで仲のいいY君と二人でカラオケボックスで歌を歌い、そうした「予習」を積み重ねた上で、デイケアに望もうとしたのでした。

こうして社会適応のために一生懸命カラオケに挑戦していた私を、親は冷ややかな目で見ていました。カラオケなんて、ふざけやがって、ということです。私の親はカラオケ好きで、「カラオケ嫌いな奴に、ろくな人間はいない!」とまで断言する人ですが、こうした親には、カラオケが苦手で悩んでいる人のことは分からないのでしょう。

(つづく)

ニート訪問がやってくる?

今年度(平成20年度)より、

1 ニートを対象とした家庭訪問が行われる

2 地域若者サポートステーションが現在の50箇所から100箇所に倍増される

というニュースを昨年聞いたのですが、どうなったのでしょうか。

厚生労働省、再チャレンジ支援策、地域若者サポートステーション、都道府県のウェブサイトを見て回ったのですが、上記の施策については何も触れられていません。ニュースサイトを検索しましたが、これといった情報は見つかりませんでした。

今年度から上記施策が行われるといっても、4月1日から始まるというわけではないということなのでしょうか。

何はともあれ、今年度中には私の家にもニート訪問がやってくるかもしれないので、心の準備はしておきたいところです。そのときになったら、ニート訪問がどのようなものだったか、ブログで報告するかもしれません。

ニート訪問は、これまでのような政府の「待ち」の姿勢では不十分ということで行われるようになったのでしょうが、私の場合、自分から主体的にデイケアに通って、心理士と顔を合わせているので、あまり必要性はないのではないかと思います。

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