社会適応のためにカラオケ(後編)
■ デイケア本番
「予習」を終えて、いよいよデイケアの日がやってきました。ひきこもりメンバーと心理士で、カラオケボックスに行きました。
しかし、大勢(といっても、私を合わせて6人)の前で歌を歌うのは想像以上に不安を伴うことでした。考えただけで、体中に汗が出てきました。おまけに、「予習」段階で試しに歌ってみた歌が、このカラオケボックスではないではありませんか(カラオケに慣れていなかったので、予想もつきませんでした)。
私は「歌ってみたら」と誘われたのですが、断ってしまいました。小さくなっている私をよそに、周りのメンバーや心理士が気持ち良さそうに歌っていました。
これではよくありません。この日のためになんのための「予習」をしてきたのか、分かりません。そこで、ある人が歌い終わった後、一念発起して「私、歌います!」と言い出し、メンバーの了承をいただいた上で、リモコンを取りました。しかし、緊張のあまり、リモコンを持つ手が激しく震えました。歌いたい曲を指定しようにも、思うようになりません。
何度も失敗して、ようやく指定したのが、天道よしみの「道頓堀人情」でした。私は演歌が好きですが、若い人の間で流行っている歌のことはよく分かりません。歌っている最中も、緊張のあまり、マイクを持つ手は震えるわ、汗はダクダク出てくるわで、大変でした。それでもなんとか3番まで歌いきったのでした。
なんとも情けないカラオケ体験でしたが、大勢の前でカラオケで歌うのは初めてだったので、このようなものなのかもしれません。
■ デイケア後の反省
無事デイケアは終わったのですが、私が気になったのは、一緒に参加していたあるベテラン男性心理士でした。この方は「カラオケは歌えない」ということで最後まで1曲も歌うことがなかったのですが、聞き役に周って、カラオケの場を盛り上げていたのでした。なるほど、カラオケが歌えないなら、こういうするのも一つの手かと勉強になりました。
もう一つ。私は大勢の前で好きな演歌を歌ったのですが、カラオケに参加していた人は、ベテラン男性心理士を除いて全て若い人たちです。演歌など聞きたくなかったに違いありません。先日、あるテレビ番組で、若い演歌歌手が、「みんなと一緒にカラオケに行く時は、気を遣ってポップスを歌うけれど、一人でカラオケに行く時は演歌ばかり歌っている」というようなことを話していて、その社交性の高さに感心したのですが、こうした配慮が必要だったでしょう。



