姉妹サイトについて
ニートひきこもりJournal は、ブログ開設当初、「緘黙」に関する記事を定期的に公開していました。その「緘黙」のコンテンツを独立させたものが、「場面緘黙症Journal」です。
場面緘黙症(選択性緘黙)をさりげなく紹介して、自分の人生がうまくいかないのを情緒障害とやらのせいにしているのではないかと思われても仕方がありません。
ただ、私は一人の場面緘黙症の経験者として、あまり知られていないこの情緒障害を、多くの人に知ってもらいたいと素朴に思っています。場面緘黙症の認知度向上のためには、場面緘黙症をご存知ない方が多くご覧になっているこのようなブログで緘黙のことを取り上げることは効果的だろうと思い、このブログで意識的にときどき取り上げています。
ある専門家は、場面緘黙症を「集団生活への適応の失敗の一形態」と捉えています。[注] 場面緘黙症は主に子供の情緒障害ですが、経験者の中には成人してもなお、集団生活への適応で不自由を感じている方がいらっしゃいます。そういう意味では、このブログの内容とも全く無関係ではないでしょう。
[注] 河井芳文、河井英子『場面緘黙児の心理と指導』、田研出版、1994年、3ページ。
人当たりのいい人になろう
もともと親からではなく自分から通いたいと言い出したデイケアです。特に参加して間もない頃は、この場で自分を変えるんだと、かなり張り切っていました。
ひきこもる前(特に大学に通っていた頃)の私は、人当たりのよさとは対極にあるような若者でした。いつも苦虫を噛み潰したような表情でキャンパスや街中を歩き回っていたのです。眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げて…。こんな若者に、人が寄り付くはずがありません。
あるとき、街中で中学時代の同級生(女子)と偶然会ったことがあります。彼女は私に気づいて、私を見つめて微笑んでくれました。しかし私は、彼女が元同級生と最初は気づかなかったこともあり(すごい格好してたので…)、彼女に気づいたものの、相変わらずの難しい表情で彼女をじっと見つめ返してしまったのでした。これでは、昔の同級生をにらみつけるようなものです。彼女はその後、私のことを避けていたようにも思えたのですが、まずいことをしたものです。
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ひきこもりデイケアに参加してからは、意識を大きく改めました。不愉快そうな表情は卒業し、自分専用の鏡を買ってきて、笑顔を作る練習を始めました。また、コミュニケーションのとり方についての本を読み、人との接し方や話の聞き方を工夫するようになりました。
さらには、くだらない冗談を言うようになったのですが、今にして思うと、これは人当たりのよさとはあまり関係ないようにも思えます。このブログや姉妹ブログで、初期の頃のエントリーにくだらない冗談がところどころにあるのは、こうした背景があります。
失業からの脱出率
Yolanda K. Kodrzycki., "Discouraged and Other Marginally Attached Workers: Evidence on Their Role in the Labor Market", New England Economic Review, May/June 2000, pp.35-40.
[用語の解説]
○ marginally attached workers:15歳以上人口のうち、現在働いていなければ仕事も探していないが、職を欲し、職があれば就くことができ、近い過去のある時期に仕事を探したことがある者。適当な日本語訳が分かりませんでしたので、英文そのままで表記しました。日本で言うニートの人の中には、こうした人も含まれていると考えられます。
○ 求職意思喪失労働者:marginally attached workers の一部。就くことができる仕事がない、仕事を見つけることができなかった、必要な学校教育・技能・経験が欠けている、職場で何らかの差別を感じたといった理由により、仕事を欲していながら職探しをしていない者。日本で言うニートの人の中には、こうした人も含まれていると考えられます。
○ 失業者:この論文で言う失業者は、完全失業者のことか。15歳以上人口のうち、仕事を探していて、仕事があれば就くことができ、現在は就業していない者。
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今回の論文には、「脱出率」(escape rates) という言葉が出てきます。失業者、求職意思喪失労働者、その他の marginally attached workers(marginally attached workers のうち、求職意思喪失労働者を除いたもの)が、それぞれ1ヵ月後に就職した率と定義されています。
調査によると、アメリカでは、1994年1月から2000年2月にかけて、失業者の28.2%が1ヵ月後に雇用されたのに対し、求職意思喪失労働者やその他の marginally attached workers の脱出率はそれぞれ11.8%、12.8%にすぎませんでした。また、求職意思喪失労働者やその他の marginally attached workers の60%は、1ヵ月後も就業しておらず、かつ職探しもしていないことが分かっています。
こうした差が生まれた原因については論文の中では触れられていません。おそらく失業者は、求職意思喪失労働者や他の marginally attached workers と違って調査時点で求職活動を行っていたので、その分雇用される者が多かったのでしょう。
また、求職意思喪失労働者やその他の marginally attached workers は様々な問題により求職活動をしていなかったわけですが、1ヶ月ではそうした問題を解決できなかったのかもしれません。求職活動を行ったとしても、求職活動をしばらく休んでいたためブランク期間が生じ、それがスティグマになったり、その人の労働生産性が低くなったりしたため、就業には至らなかったのかもしれません。
ひきこもりになって、どう思った?
ひきこもりの参加者たちは、「自分がひきこもるなんて、思ってもいなかった」「こんなはずじゃなかった」と答えていたと思います。
ところが私は、全く逆の答えをしました。
「自分はひきこもる前から、学校に通いつつも学校不適応を起こしていた。不登校にならず学校に通う自分に違和感を感じ続けていた。大学を卒業し、ひきこもるようになって、自分の本来の場所に落ち着いたような感じがした」
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長年にわたる学校不適応により、社会不適応感が植えつけられたのでしょう(不適応と不適応感は別ですが)。
学校不適応は、社会不適応に必ずしも結びつかないだろうと思います。しかし、私の学校不適応は、ごく基本的なコミュニケーションがとれないとか、基本的な作業ができないといったものであり、こうした問題はそのまま社会不適応につながるだろうことは想像に難くありませんでした。社会への適応は、学校への適応よりも難しそうでしたから。
こうした不適応を就職前になんとかしたかったのですが、改善できなかったために今日の私があります。その後、ひきこもりデイケアで多少適応の方向にもっていくことはできました。
住む世界が違う
私も私で、幼稚園〜大学に通っていた頃は、自分は世間一般の人と比べてあまりに変わりすぎていると感じていました。この世で私以外の人は、みな私とは違う「あちらの世界」に住む人ではないかと、そこまで考えてたのですから、おかしなものです。
人と会話ができなかった私にとって、日常的に特に苦もなく会話をしている私以外の人たちは別世界の人に見えましたし、友達が10年以上にわたって一人もいなかった私にとって、友達がいる私以外の人たちは違う世界の人に思えたものです。価値観も、私とそれ以外の人とは、あまりに違いすぎました。
こうした人たちと交わる自信は私にはなく、実際に孤立することが多かったです。孤立しないこともありましたが、そうしたときは大抵、親切な人が私が孤立しないように色々と世話を焼いてくれていたのでした。
このような私が、大学卒業後、社会に参加するなど、とてもできそうにないと思ったものです。将来社会人になるであろう同世代の若者や、既に社会に出てこの日本を支えている人たちは、みな自分とは違う「あちらの世界」の人のように思えたからです。
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その後、ひきこもりデイケアに通い、自分を「普通の人」に近づけることができてから、ようやく、こうしたおかしな感覚から少し自由になることができました。それにしても、あれはいったい何だったのでしょう。
U指標
Bregger, J.E., Haugen, S.E., "BLS Introduces New Range of Alternative Unemployment Measures", Monthly Labour Review, vol.118, no 10, October 1995, pp. 19-26.
先週お話したとおり、アメリカ労働統計局は、失業に関する代替指標を導入しています。以下の U-1 〜 U-6 というのがそれで、このアメリカの代替指標は特に「U指標」とも呼ばれています。
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U-1:失業期間15週間以上の失業者
U-2:失業者と一時的な職を終えた人
U-3:全失業者
U-4:全失業者+求職意思喪失労働者
U-5:全失業者+求職意思喪失労働者+他の全ての marginally attached workers
U-6:全失業者+全ての marginally attached workers +経済上の理由でパートタイムの職に就く全ての労働者
[用語の解説]
○ marginally attached workers:現在働いていなければ仕事も探していないが、職を欲し、職があれば就くことができ、近い過去のある時期に仕事を探したことがある人。適当な日本語訳が分かりませんでしたので、英文そのままで表記しました。
○ 求職意思喪失労働者:marginally attached workers の一部。労働市場に関係した理由により、現在職を探していない人。
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実はこの代替指標は1994年に改訂されたもので、それ以前は U-1 から U-7 までの7段階からなる指標でした。今回私が読んだ文献には、U指標の成立、改訂の経緯や、指標の詳細についてまとめられています。
こうした代替指標はカナダ、メキシコなどアメリカ以外の国々でも開発されているそうですが、日本では聞きません。まれに、日本のU指標が試算されることがあるぐらいです。アメリカなどで代替指標が開発されたのには、こうした指標に意義が認められたからなのですが、日本では代替指標は必要ないと考えられているのでしょうか。
もしかすると、こうした代替指標で失業率を計算すると、広義の失業率(U指標で言えばU-6)はとても高くなってしまい、政府に対する国民の不満の種になりかねないからではないかとも思えてきますが、なんだか考えすぎのような気がします。
日本では「完全失業者数(完全失業率)」に加えて、フリーター、若年無業者(ニート)などと分けられ、それぞれ別に、その数が推計されるのが普通です。
不登校→ひきこもり→フリーター→ニート
秋山博介「不登校についての一考察その2 : 学校教育とひきこもり、フリーター、ニートとの関係」『実践女子大学生活科学部紀要』第44号、1〜14ページ、2007年。
不登校児が「不登校→ひきこもり→フリーター→ニート」になる可能性があると述べられていましたが、私とは少し考えが違うと感じました。何が違うのだろうと考えていたのですが、どうも「ニート」の取り扱いに違いがあることに気づきました。
論文の著者は、ニートは、無気力で、働く意欲が少ない若者と考えています(ただし、そういう若者を非難しているわけではありません)。
他方、私は、ニート(NEET)は、Not in Education, Employment or Training、つまり教育を受けておらず、雇用されておらず、職業訓練も受けていない状態の若者と考えています。統計をとる際には、便宜的に、非労働力人口のうち、家事も通学もしていない15〜34歳の若者などと定義されることもありますが、いずれにせよ、気力や意欲のあるなしは関係ないと考えています。
私が考えているニートの定義に従うと、ひきこもりはニートの一部です。ですから、「不登校→ひきこもり→フリーター→ニート」は、私とは違うなあと考えてしまったわけです。
私はニートというと、学術的には労働経済学や労働政策の文脈で論じられるものと考える傾向があるのですが、今回の論文の著者は、社会福祉や臨床社会学がご専門で、その点からこのような違いが出たのかもしれません。
ただ、不登校が長引くと、ひきこもりやニートにつながる可能性は確かにあると思います。
※ 今回の論文は、以下のページから無料でダウンロードできます。国立情報学研究所のサービスです。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006392843/
親擦れより友擦れ
■ 数少ない友達から多大な影響を受ける
私が子供時代にできた友達は、ほんの一握りでした。数少ない友達のうち、最も仲良く、影響も受けたのが、小5〜中1にかけて同じクラスだったK君です。彼のお父様は大学教授(助教授だったかも)とあって、子供ながらにして、インテリでアカデミックな人でした。
私には友達が少なかった上に、彼とは3年間も友達付き合いを続けたため、彼一人から多大な影響を受けることになりました。しかし、もっと多くの友達を作っていれば、もっと多様な人から多様な影響を受けることができたのではないかとも思います。K君とクラスが離れ、友達付き合いも自然消滅すると、その後友達はできなくなり、友達から影響を受けることもなくなりました。
■ 親擦れより教師擦れ
友達が少なかった分、親から受けた影響は大きかったのかといえば、必ずしもそうではありませんでした。
私の場合、親よりもむしろ学校の先生から大きな影響を受けました。学校の先生がおっしゃることと、親が言ったことに違いがあった場合、私は先生がおっしゃることを信じてきました。そのため、私は学校では先生方からの受けがよかったのですが、反面、親の言うことに時として逆らい、親不孝の面もあったかもしれません。
そういうわけで、友達のほとんどいなかった私にとっては、「親擦れより友擦れ」ではなく、「親擦れより教師擦れ」の方がしっくりきます。しかし、世の中には教師から教わることのできない大事なこともあるでしょう。教師の影響ばかりを受けたせいか、私はそうした方面については少し疎くなってしまったような気もします。※そういえば、最も影響を受けたK君も、お父様は大学の教師でした。
失業の代替指標(米国)
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↑ 狭義の失業
U-1:失業期間15週間以上の失業者
U-2:失業者と一時的な職を終えた人
U-3:全失業者
U-4:全失業者+求職意思喪失労働者
U-5:全失業者+求職意思喪失労働者+他の全ての marginally attached workers
U-6:全失業者+全ての marginally attached workers +経済上の理由でパートタイムの職に就く全ての労働者
↓ 広義の失業
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[用語の解説]
○ marginally attached workers:現在働いていなければ仕事も探していないが、職を欲し、職があれば就くことができ、近い過去のある時期に仕事を探したことがある人。適当な日本語訳が分かりませんでしたので、英文そのままで表記しました。
○ 求職意思喪失労働者:marginally attached workers の一部。労働市場に関係した理由により、現在職を探していない人。
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世間一般で言われる「失業」は U-3 あたりだろうと思います。ニートと言われる人たちのうち就業を希望している人たちは、marginally attached workers や、その一部である求職意思喪失労働者にあたり、U-4 以降の比較的広義の失業です。経済上の理由で非正規雇用に就いている人は、最広義の失業である U-6 にあたります。
失業者というと、どうしても「完全失業者」を考えてしまいますが、必要によっては、それにとらわれなくてもよいでしょう。
[1] Bureau of Labor Statistics. Alternative measures of labor underutilization. Retrieved July 9, 2008, from
http://www.bls.gov/news.release/empsit.t12.htm
昔お世話になった人にお礼を言いたいが
Yさんという女子生徒は、その中でもわりとしっかり掃除をする人でした。Yさんは、ほとんど私一人だけしか掃除をしていない状況を見て、「洋、いっしょにやろう」と言い、私と一緒に掃除をしてくれた、大変よくできた人でした。友達から「どうして掃除するん?」という質問を投げかけれると(すごい質問です)、「洋が真面目にやっているのに、私がさぼるわけにはいかない」と答えて、私を驚かせました。
※ 私のハンドルネームは、本当は「富重洋」と言います。なお、本名ではありません。
このYさんは、初対面の頃から、何かと私と仲良く接してくれました。友達がいなかった私に、「今度の運動会、障害物リレーに一緒に出よう」と誘ってくれたり、私の部活動に遊びにきてくれたり、さらには私がいじめられないよう気を配ってくれたりと、同じクラスにいた2年間、本当に申し訳ないほど世話を焼いてくれた人でした。
どうしてYさんがあれほどまで私のために心を砕いてくれたのか、いまだによく分かりません。明らかに恋愛感情からくるものではなさそうでした。おそらくは、私のような生徒を見ると放っておけない、世話好きな人だったのでしょう。
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小学校の頃から大学を卒業するまで、どこに行ってもYさんのような人に出会い、お世話になってきました。私から頼んだわけでもないのに、みな先方から世話を焼いてくれました。よほど私の学校不適応がひどく、放っておけなさそうに見えたのでしょう。
私は当時学校では声を出すことができなかったので(姉妹サイト参照)、こうした人たちにお礼の言葉を伝えたことはありません。ですが、今なら声を出せそうです。特にYさんには大変お世話になったので、直にお会いする機会があれば、きっちりお礼をしたいと今でも本気で考えています。
ですが、今のような境遇ではとても会えやしません。ニートやひきこもりが、同窓会などに顔を出すことなどできやしません。残念ですが、いつか自分も社会参加に成功し、Yさんなどお世話になった人にお礼を言える日がくることを信じています。
学校の掃除を真面目にやった子、やらなかった子の将来
姉妹ブログの構想のため自分の過去のことを考えているうちに、中学生の頃に学校の玄関掃除を担当したことを思い出しました。
小学校の頃から「真面目」と言われ、学校の掃除には人一倍熱心に取り組んできた私でしたが、今回の玄関掃除には特にやりがいを感じました。玄関は学校の顔で、来客も通る場所です。いい加減に掃除をすると、学校の体面にもかかわりかねません。私は、ちょっとした使命感のようなのを持って、熱心に玄関掃除に取り組みました。
ところが、圧倒的多数の生徒は、掃除を怠けてばかりでした。掃除を監督されていた先生は、よく私にこうおっしゃっていました。
「富重!お前はいつも真面目にやっているから、もうええ。ほうき貸せ。○○にやらせるんや!」
「○○」というのは、最も掃除を怠けていた男子生徒です。
■ 高校の玄関掃除
ありがたいことに、玄関掃除は高校に入っても任されることになりました。私はやはりちょっとした使命感のようなものをもって掃除に取り組んだのですが、例によって、私以外の生徒は班長を筆頭に全員怠けてばかり、掃除場にも顔を出さない有様でした。
あるとき、私一人だけが玄関掃除をしているところを、学校の中でも管理的な立場にある先生が見つけ、騒動になってしまいました。
■ その後の人生は
中学時代に玄関掃除を最も怠けていた○○君は、その後進学を続け、就職氷河期も乗り越えて、就職に成功したそうです。高校時代に班長であるにもかかわらず玄関掃除を放棄した男子生徒は、結婚にまで至ったそうです。就職もきっとうまくいったのでしょう。
一方、一番真面目に掃除をしていた私のその後は、ニートです。
それぞれの生徒の過去と将来は、一見すると皮肉のように思われます。しかし、中学高校で真面目に掃除をやったかどうかなど、その子が将来働いて自立できるかどうかには大して関係なく、実はこのことは皮肉でも何でもないのだろうと私は思います。ですから、「運命の皮肉」などと自分の運命を呪うとか、人の成功をねたむとか、そういうつもりもありません(でも、少しは羨ましかも…)。
私や他の人の現在がどうあれ、学校の顔とも言える玄関の掃除に携われたことは、良い思い出です。掃除が良い思い出とは、変わっていると思われるかもしれませんが。
仕事を欲しながら、職探しをしない人
仕事を欲しながら、職探しをしない "hidden unemployed"(隠れた失業者)とも呼ばれる人たちについての論文です。
こうした人たちをアメリカの労働経済学者たちは "discouraged workers" と呼んできました。"discouraged" は「やる気(ここでは求職意欲)をそがれた」といった意味です。
近年その定義が見直され、新たに "marginally attached workers" というグループが定義されました。これは、仕事を欲し、仕事があれば就くことができ、過去1年に仕事を探したけれども、現在は職探しをしていない人たちのことです。
新定義では先ほどの"discouraged workers" は "marginally attached workers" の一部になり、就くことができる仕事がない、仕事を見つけることができなかった、必要な学校教育・技能・経験が欠けている、職場で何らかの差別を感じたといった理由により、仕事を欲していながら職探しをしていない人と再定義されました(1998年の論文に書かれてあったことなので、もしかしたら現在は違うかもしれません)。
論文ではそうした定義の変化と、それぞれのグループがどの程度労働力人口に近い存在であるかが分析されています。細かい分析で、面白いです。
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「仕事を欲している=職探しをしている」と考える方がいらっしゃるかもしれませんが、ここでは両者は区別されています。この点は重要です。
"marginally attached workers" や "discouraged workers" は日本で言うニートに近いです。内閣府は、ニートを、就業を希望しながらも職探しをしていない「非求職型」と、そもそも就業を希望していない「非希望型」に分けていますが、[2] この分類をもとに言うと、先ほどの"marginally attached workers" や "discouraged workers" は 「非求職型」で無業の人たちということになります。
"marginally attached workers" は日本では何と訳されているのか分かりません。「縁辺労働者」という言葉ならありますが、これは似て非なるものです。
"discouraged workers" は、日本では「求職意欲喪失者」「就業意欲喪失者」「ディスカレッジドワーカー」などと訳され、「ニート」という言葉が広まる以前から、労働経済学の分野ではある程度知られていたようです。「求職意欲喪失」「就業意欲喪失」というと、本人が勤労の尊さを知らないとか、我慢や根性が足りないとか、親に甘やかされて育ったなどと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、もとの "discouraged workers" には、労働市場の問題により求職意欲をそがれてしまったというニュアンスを感じます。
[1] Monica D. Castillo, "Persons outside the labor force who want a job," Monthly Labor Review, Vol. 121, No. 7, July 1998, pp. 34-42.
[2] 内閣府「若年無業者に関する調査(中間報告)」、2005年。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/shurou/chukan.pdf
[最終アクセス2008年7月3日]










