私の半生・幼稚園不適応

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私の半生シリーズ、今回は第3回です。前回の話「私の半生・0~4歳」はこちら

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5歳になった私は、一年保育の公立幼稚園に入園しました。家族以外との集団活動を始めて経験することになります。多数の同年代の子と接するのも、初めてのことでした。ですが、私はここで早くも不適応を起こしてしまいました。

幼稚園で落ちこぼれ


まず、幼稚園でのお遊戯が私には高度すぎて、ついていけませんでした。ついていけなかったのは、それこそ私だけでした。鋏などの小道具も、みな器用に使っているのに、私だけはうまくできません。私には周りの子たちはみな賢く、大人びて見えました。

また、私だけが幼稚園でお漏らしをしていました。5歳にもなって園内でお漏らしをした子は、またしても私だけでした。それも、一度や二度ではなく、何度も止まりませんでした。小さいお漏らしはしょっちゅう、時には大きいものも……。お漏らしをしては泣いて、先生にご迷惑をおかけして、母に迎えに来てもらうということがお馴染みの光景になっていました。

周りの園児との交流もうまくいきませんでした。園児の多くは私とは違って団地住まいで、既にある程度人間関係ができあがっていたという、私にとっては不利な状況でもありました。

あと、私は幼稚園では笑わない子だったようです。母が幼稚園の先生から「この子、笑わないんです」という話を聞かされたと言います。当時の私の写真が多数残る卒園アルバムには、私が笑っている写真は確かに一枚もありません。ですが、母は「そんなことはない、変なことを言う先生だ」と気に留めなかったそうです。おそらく、家庭では笑うのに幼稚園では笑わない子だったのだろうと思います(後に、家庭では話すのに学校では話せない子になります)。

幼稚園以外の場面では、この頃あたりからか、少し遠くのデパートへの買い物に母と付き合う機会が増えました。ですが、迷子になっては店内放送で母が呼び出されるといったことを繰り返していました。

自分は他の子とは違う


こうした経験から、自分は明らかに他の同年代の子とは違うという意識を持つようになりました。そして、自分は駄目な子だという劣等感と、何をしても駄目だという無力感を持つようになっていきました。どうして私はこんな変わった子だったのか、今でも分かりません。幼稚園入園以前にも始語が遅いということがありましたが、もしかすると発達が遅い子だったのでしょうか?

卒園直前、将来就きたい仕事は何かと聞かれました。当時の私のことを色々と記録して、卒園アルバムに載せるとのことでした。私は「タクシーの運転手」と答えました。車とか電車とか、単に乗り物が好きな男の子だったからで、それ以上の理由はありませんでした。


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