私の半生 | 自分を出せない

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私の半生シリーズ、今回は第9回です。前回の話「友達欲しいと思わなくなる」はこちら

友達ができるが……


小学5年生に進級し、新しいクラスでも友達ができなかった私は、次第に友達がいない毎日にかえって満足するようになっていきました。

そうしたところ、ある同級生に声を掛けられ、あっさり彼と友達になってしまいました。彼は少し変わったところのある人でしたが(言葉は悪いですが)、そうした彼だからこそ、私の友達になろうとしてくれたのだろうと思います。この彼にはもう一人仲がいい友達がいました。結局この二人と友達になります。

私は人間関係については、来る者は拒まず、去る者は追わずの姿勢でした。そういう言い方をすれば格好がいいのですが、実際は引っ込み思案がひどすぎて、自分から人に働きかけることができず、そうせざるを得なかったのです。私に好意的に接してくる人も、悪意を持って接してくる人も、拒むことはできませんでした。また、私から距離を置こうとする人を追うこともできませんでした。この二人と友達になったのも、そうした次第でした。

先生から特別な配慮をいただくようになる


私は相変わらず学校では何も話せず、無表情で、身動きすら十分とれない、引っ込み思案がひどい子だったのですが、そうした私に、担任の先生が特別な関心を向けるようになりました。私がクラスで孤立しないよう、私のことを積極的に話題にしたりと、配慮をしてくださるようになったのです。

そのおかげか、このクラスでいじめを受けることはほぼありませんでした。また、相変わらずクラスでも一番孤立しやすい児童でしたが、それでも以前ほど孤立することはありませんでした。

ありのままの自分を出せない


こうして久しぶりに学校で人との関わりを持つようになった私でしたが、一つちょっとした悩みがありました。それは、自分が好きなもの、考えていること、こうすべきと思っているものを素直に出すことができなかったことです。よくある悩みかもしれませんが、友達や先生の言うことに合わせてばかりでした。以前友達がいた頃は、このようなことはなかったのですが、どうしてこうなったのでしょうか。

よくは分からないのですが、自己肯定感が低いとか、人から否定的評価を受けることを恐れるとか、そうしたことの表れだったのかもしれません。

人の顔色を窺って偽りの自分を演じ続けていた私は、人との関わりに一定の距離を意識的に置くようになりました。二人の友達との関係にしても同様でした。親密になるあまり、自分の素顔が知られてしまうのを強く恐れたためです。

こうした傾向がその後も続いたまま成人にまで達し、大学を卒業し、引きこもりになりました。私は引きこもり支援施設に通い始めたとき、ありのままの自分を出せないことが引きこもりと関係があるかもしれないと考え、そこで初めて正直に自分を出してみました。幸いなことに、そこで受け入れてもらえ、ずいぶんと楽になり、脱引きこもりに大きく前進できたような気がしました。ですが、本当にそのことと引きこもりに関係があったのかどうかはよく分かりません。

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◇ 私の半生 | 「真面目」と言われるようになる (新しいウィンドウで開く

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