私の半生 | 小学校卒業、中学校に進学する

アイキャッチ画像。私の写真ではありません。
私の半生シリーズ、今回は第12回です。前回の話「将来を悲観」はこちら。また、このシリーズの目次もあります。

小学校卒業


6年間におよぶ小学校生活も終わりを迎えようとしていました。

卒業アルバムを作るにあたって、私達はアルバムに載せる卒業文集やメッセージなどを書くことになりました。メッセージでは、6年生のときに最も楽しかった思い出を書くことになりました。ですが、学校生活に馴染めなかった私には、楽しい思い出など一つもありません。結局、そうした思い出をでっちあげて書きました。

担任の先生は、私に友達作りの必要性を強調したかったようで、2学期以降にいただいた通信簿のコメント欄はいずれもそのことに関するものでした。最後となった3学期のコメントも、「友だちをいっぱいつくって、楽しい中学生活をおくろうね!」でした。

先生は卒業する私のことを気にかけてくださっていたようで、「富条は、将来社会に出てちゃんとやっていくことができるだろうか」と心配されていたことを、後に風の便りで聞きました。

地元の公立中学校に進学


こうして、私は中学校に進学しました。

進学先は、地元の公立中学校でした。私を含めて、この近辺の3つの公立小学校を卒業した児童は、ほとんどがこの中学校に進学していました。この3つの小学校区を合わせた区域が、そのままこの中学校の校区だったのです。

この中学校は生徒数は私の学年で400人以上、クラスの数は10クラス以上という、この時代としてはやや規模の大きな学校でした。学級は、全て普通学級で構成されていました。

新しい同級生はどういう人たちだろうと思っていたのですが、6年生の時に私に友達になってくれた貴重な同級生が2人、またしても同じクラスになりました。私が新しい環境に少しでも慣れるよう、先生が配慮してくださったのかもしれません。

何より勉強のことを第一に


私が中学生活で最も気にかけていたのは、学業のことでした。親からは勉強しろとは言われませんでしたが、高校の学歴が人生においていかに重要な意味を持つかを繰り返し聞かされていました。また、両親とも地元では進学校と呼ばれる高校を出ていて、無言のプレッシャーもありました。こうしたことから、地元の進学校に進まなければならないという思いを強く持ち、勉強を最も重視した中学生活を送ることになります。

小学校の頃の先生は友達作りを強調されていましたが、もとより友達なんていない方がよいと考えていた私には関心を持てず、それよりも勉強のことを第一に考えていました。

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