私の半生 | 自分は、いない方がいい生徒

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私の半生シリーズ、今回は第15回です。前回の話「女子生徒との関わり」はこちら。また、このシリーズの目次もあります。

いじめを受け、思い詰めるように


中学3年の新しいクラスでは、いじめ被害に悩みました。同級生の大半は良心的な方たちだったのですが、一部の同級生から継続的にいじめを受けていました。

私は学校では引っ込み思案がひどく、ろくに口も利けないような男でした。いじめ加害者は集団ということもあって、彼らに対抗することはできませんでした。ただひたすら我慢するだけでした。「卒業するまでの我慢」一学期の頃から、そう言い聞かせて学校に通い続けていました。なんとか耐えて授業を受けて学力をつけ、高校受験を乗り越えたかったのです。

そうして学校に通い続けるうち、次第に思い詰めるようになっていきました。自分なんてこのクラスにいない方がいいのではないかとさえ考えるようになっていきました。自分のような生徒がいるばかりに、クラスでいじめが発生し、クラスの雰囲気が悪くなるのです。「みんな、自分なんかがいてごめんなさい。義務教育だから仕方がないんです」と同級生に心の中で謝りながら(口利けないので)、学校に通い続けていました。なんという卑屈な生徒でしょう。もともと私は、自分は価値のない罪深い人間と考える傾向があったのですが、それがいじめ被害により、悪化していったのでした。

悪いことは重なるもので、この頃はいじめ以外にもクラス内外での人間関係や、さらに家庭問題など悩み事が続きました。

なんとか学校に通い続け、卒業


ただ、私にとって幸いだったのは、一部に私にとてもよくしてくれる同級生がいたことです。そうした人たちの支えで頑張って学校に通っていました。こうした同級生の多くは、前のクラスからの同級生(ベタベタ女子含む)や、その友達でした。学校側の配慮か、単なる偶然かは分からないのですが、前のクラスで私に好意的だった同級生の一部が、続けて中3でも同じクラスになったのでした。

そうしてなんとか耐え続けて、高校に合格し、卒業を迎えることができました。辛い一年間でしたが、学校にはクラス替えがあるので、人間関係に悩んでも1~2年でリセットできます。ただ、こんな私が高校に入ってうまくやっていけるかどうか、またいじめに遭うのではないのか、不安で仕方がありませんでした。

中学校に3年間通い続けましたが、新しい友達はついに一人も作りませんでした。卒業式の日も孤立していたことを覚えています。唯一、私のことをずっと気にかけてくださっていた中一の時の担任の先生が、最後に遠くから私を見つけて、「富条ーっ(卒業)おめでとうー!」と大きな声でおっしゃってくださったのを覚えています。

中学校の同窓会に呼ばれるようなことがあっても、絶対に行くまいと卒業式当日、心に決めました。我慢を重ねて学校に通い続けてやっと卒業したのに、どうして同窓会になど行くものでしょうか。そう思って卒業したところ、今日まで同窓会の知らせが来たことが一度もありません。中学ごとに行なう成人式にさえ通知が来ませんでした。「自分なんてこのクラスにいない方がいいのでは」と考えながら中学に通っていたことを思い起こすと、不思議なものだと思います。

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◇ 私の半生 | 高校に入学する (新しいウィンドウで開く

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