引きこもりは「脱出」するものなのか

引きこもりからの「脱出」


引きこもりからの「脱出」。よくある表現です。私もこれに影響を受けて、「脱引きこもり」という言い回しをすることがあります。ですが、よくよく考えてみると、この言い方に違和感を覚えないではありません。

「脱出」というと、逃れ出るニュアンスがあるように思います。引きこもりから逃れ出るというのは、若干違うような気がします。実際、「引きこもりを脱出したいんだ」という当事者の会話を耳にした覚えはありません。

引きこもりの「克服」


では、どういう表現がよいのでしょう。引き込もりを「克服」するという表現もあります。克服とは「努力して困難にうちかつこと」です(『広辞苑』)。「脱出」よりも頑張りが強調される言い方です。引きこもりでなくなるためには大変な努力が必要で、その意味では、「克服」という表現も悪くないように思えます。

ただ、特に私自身の引きこもりについて語る場合、この表現はあまり使いたくありません。これは私の引きこもり観なのですが、引きこもりは、自分を守る行為という一面があるように思います。これを「克服」とするのにはやや違和感があります。

引きこもりからの「回復」


引きこもりからの「回復」という言い方もあります。引きこもりの支援者ならこの表現もあるかもしれませんが、当事者である私には少し使いにくいように思います。

結局、どれも言わんとしていることは分かる表現なのですが、もう一つしっくりきません。

「働く」「就労」


引きこもりを脱出なり克服なりした後のことに焦点を当てた表現を使う方法もあります。例えば、「働く」とか「就労」なら自然です。私が会った引きこもりの当事者でも、「引きこもりから脱出したい」「引きこもりを克服したい」と話した人は一人もいませんでしたが、「働きたい」と言った人ならたくさんいました。

ただ、働くことがゴールかと言うと、必ずしもそうは言い切れず、難しいです。また、TPOによっては、少し言い方が直接的すぎるかもしれないと思います。

「社会参加」「社会復帰」


そこでもう少し一般的に、かつ、ぼかして「社会参加」「社会復帰」という表現を使う手があります。私がこのブログで「社会参加」という言い回しをよく使うのも、このためです。ただ、「社会復帰」は、このブログで私のことをお話しする際にはあまり使いません。「社会復帰」というと、以前は社会に参加していたというニュアンスがあり、これが私に合わないように思われるからです。

スポンサーリンク

トラックバック

URL :

最近の記事
カテゴリー
カレンダー(月別)
05 ≪│2017/06│≫ 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
RSSフィード
本など
「ニート」って言うな! (光文社新書)

若年者就業の経済学
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
心と身体
116位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
6位
アクセスランキングを見る>>
リンク
このサイトについて

このサイトはリンクフリーです。張るのも剥がすのもご自由になさってください。相互リンクは現在募集しておりません。

携帯用アドレスを取得されたい方は、「こちら」をクリックしてください。

このブログのリンク先のご利用につきましては、ご自身の責任のもとでお願いします。なお、本等のリンクについては、Amazon.co.jpのアフィリエイトプログラムを導入しています。

なお、「富条」はハンドルネームです。本名は全く違う名前です。

メールは nhjournal77@yahoo.co.jp まで。