荒川静香選手とニート

荒川静香選手に対する国民の熱狂ぶりには、すさまじいものを感じました。みんな荒川選手の活躍を賞賛しているわけです。小泉首相が電話で祝福したり、宮城県は県民栄誉賞授与を決定したりと、まるで国の英雄です。

この点、ニートに対する世間の見方とは大違いです。「ペット以下」などと非難する人もいるそうで。

生産的な人間は価値があり、非生産的な人間には価値がない、ということなのでしょう。無職の状態が長く続くと、親でさえ「あんたなんか、うちの人間じゃない」と冷たいです。
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■ 荒川選手と比較

ニートやひきこもりの中には、世代が近い荒川選手と自分とを比較し、そのギャップにため息をついた人も少なからずいたことでしょう。また、「荒川選手はあんなに頑張っている。ニートやひきこもりも、少しは見習え!」とお説教する人もいたことでしょう。

それにしても、金メダリストと比較するなんて、少し酷な話のような気もしないでもありません。

■ 自由選択の結果?

それにしても、同世代なのに、私のようなニートと荒川選手のどこが間違ってこんな差が出てしまったのだろうかとも思います。

このことに関連して、愛知県の若者自立塾運営団体「特定非営利法人ICDS」で実際にニート支援にあたっている方が、ブログで興味深いことを書かれています。
http://blog.goo.ne.jp/career-v/
e/e7350b7d8884ff4acc8f841ce0ee4d00


* 以下引用 *

昨日今日とある大学の就職支援セミナーで面接対策を行いました。特に偏差値が高いというわけではないのですが、こちらからのいきなりの質問にも非常に的確に応答できる人が多く、私が知っているニートとあまりにもギャップがあると感じてしまいました。
同じ時代を生きてきた若者がどうしてこれほどまでに全く別の状況になってしまうのでしょうか。ニートを生み出す社会状況が問題視されることが多いにもかかわらず、厳然とした差が両者には存在します。むしろ自由選択を促進してきた社会だからこそ、大きく違いが生じていると言えばいいのでしょうか。

* 引用終わり *

この差は、自由選択を促進してきた結果ではないかというのです。

荒川選手の場合、ほかの若者が「勉強する」という選択をしている間に「スケートをする」という選択をしていた…ほかの若者が「遊ぶ」という行動を選択している間に、「練習する」という行動を選択していた…。

こうなると、ニートも、「自由選択の結果」とか、最近流行の「自己責任」とかいうことになります。言われてみれば、そういう気もします。

■ 人生は不自由?

こんなことを言うと、「そうじゃない、人生は不自由なもので、選択できないことがたくさんあるんだ」という声が、どこからか聞こえてきそうです。

荒川選手など、最近の日本の若者は体形がよく、見栄えという点では欧米の選手ともほぼ対等に渡り合えるようになりました。しかし、今から14年前、技術的にはほぼ完璧だった伊藤みどり選手がアルベールビル冬季五輪で金メダルを逃したときなどは、「やはり日本人の体形では金メダルは無理なのか」などと嘆く人が少なくなかったそうです。こういう体形などの持って生まれるものは、自由意志で選択することはできません。

人間は生まれてくる家庭を選択することはできません。本人の意思とは無関係に何らかの病気にかかっていまい、ニートを余儀なくされている人もいます。何でもかんでも「自己選択の結果」や「自由責任」と突き放すことは無理があるんだ!と言われると、それはそれで、もっとものようにも思えます。

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何だかとりとめのない雑多なことを書き綴りましたが、「週記」ということでご勘弁ください。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

ちなみに、私は荒川選手も好きですが、どちらかといえば村主選手の方が好みです。

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コメント

いいテーマですね。しかしここから教訓めいたものを引き出すのは非常に難しい。説教臭くなりかねませんから。
荒川選手の発言から感じたのは完璧なセルフマネージメントです。サッカーの仲田選手の発言から感じたのと同質、同水準のものです。
自己の現状分析、競合同向分析、長期、中期、短期のビジョンと目標の設定、年、半年、週までの練習への落とし込み、資源の配分等、マネージメントが完璧だと感じます。荒川選手がすごいのは、マネージメントを監督、コーチ主導でなく、自分主体でやっているフシがあることです。マネージメントを担当するコーチを直前に解任して採用していることから荒川選手は自己のプロジェクトの全権を掌握して実行していることを感じます。
PCDさん、いつもコメントありがとうございます。
ニートを自由選択や自己責任の問題と考えるべきかどうかについては、難しいところです。

私自身は、自分の今の境遇を、「なりたくてなったわけじゃない」と思う一方で、病気や他人や社会や運命のようなもののせいにするには、どこか抵抗を感じています。

また、上記の若者自立塾の方は、たとえニートの若者は自由選択の結果だとしても、彼らを放っておけばよいというのは「冷たい社会」だとも主張しています。これはこれで、もっともな考え方だと思います。一方、政府がそういう問題に介入するような家父長的なやり方はよくない、という意見もありそうで、これもこれで、もっともな考え方だとも思います。

荒川選手のセルフマネージメントのお話、非常に興味深いです。
メダルを獲れなかった選手の中には、自己管理の甘さが指摘されている選手もいますね。
トラックバック気づきませんでした、、
富氏様、私の拙いブログをお読みくださり、また引用までしていただき、お恥ずかしい限りです。ブログでも書いておりますが、自立塾にはさまざまな人が来ています。正直、精神的にまいっている人が多いです。また、3ヶ月の合宿ということで、本人が望んでくるパターンは入塾者の2割にも達しません。ただ説明会を実施すると、ニート状態のご子息を抱えた保護者の方の参加はかなり多く、本人の問題という以上に親の心配、手詰まり感を実感します。
卒塾者の現況も、やはり、履歴書の空白を埋めるほどの効力を自立塾が発揮するまでには至っていません。と言いますか、一般的にイメージされているニート像はマイナス面が目立っており、卒塾生で就業意欲を獲得し、入塾前は全く就職活動していなかった人が、何社も面接に行くようになったにもかかわらず、自立塾で頑張ったということを声高に言うことを避けています。避ける以上に隠しています。彼らは、塾にいる3ヶ月間、毎日近隣の企業や商店に「無償労働」に出かけています。そして、その受け入れ先からは「普通に働けるのに、どうして働かないのだろうね」とおっしゃっていただけることが大半です。本人たちが堂々と世間に出て行けば、必ず道は開けると信じております。その心の強さを少しでも持ってもらえる手助けが出来ればと思い、日々彼らに接しています。

ブログ更新は、なかなか時間が取れない状況ですが、今後とも宜しくお願いします。
ICDS様、コメントありがとうございます。
私もニートの1人として、若者自立塾でどういう支援が行われているかに興味があり、キャリア・ビバレッジ通信を拝読しておりました。興味深い内容だったので、突然で失礼ながら、引用いたしました。

自立塾と入塾者の実情についてお話くださり、ありがとうございます。このブログには、無業生活を送っていらっしゃる若い方々もたくさんご覧になっているようなので、大変ありがたいです。

>また、3ヶ月の合宿ということで、本人が望んでくるパターンは入塾者の2割にも達しません。

私は社会参加を切望するニートの1人ですが、実のところ自立塾への入塾はいまのところ考えていません。なぜならば、私の地元には自立塾がありませんし、3ヶ月という短期間で効果があるのかどうか分かりませんし、費用は高額ですし、自立塾に通ったところで履歴書の大きな空白が埋まるわけではないと考えるからです。ただ、保護者の説明会の参加が多いというのは、考えさせられます。

>卒塾者の現況も、やはり、履歴書の空白を埋めるほどの効力を自立塾が発揮するまでには至っていません。

ニートの社会参加の厳しさ、支援の現場の難しさを感じます。このブログでは、ニートの社会参加のためには自立塾のような職業訓練のような場は必要との意見をいただきました。私も、無業の若者を対象にした職業訓練の場があると助かると考えています。しかし、こういうお話を伺うと、いくら本人が自立塾で頑張ったところで、世間の強烈なマイナスイメージが変わらない限り、やはり社会参加は難しいと感じます。聞くところによると、東海地区は有効求人倍率は全国トップで、もしかすると人手不足感すらあるのではないかと思うのですが、それでも企業はニート経験者を受け入れようとはしないのでしょうか。

>そして、その受け入れ先からは「普通に働けるのに、どうして働かないのだろうね」とおっしゃっていただけることが大半です。

こういうお話を伺うと、勇気づけられます。もしかすると、よく言われているように、私たちは自己評価が低いだけなのかもしれません。私が参加しているひきこもり(≒ニート)デイケアでは、働くことに対する不安の話題でもちきりです。離職を経験したため、仕事が続くかどうか、非常に気にしている者もいます。不登校で学校を中退したために、同世代の人に気後れのようなものを感じている者もいます。私自身、自分が社会で通用する人間だとは考えることができません。とにかく、私の周囲の働いていない若者たちは、自分に自信を持てない人が目立ちます。しかし、こういった人たちの中には、本当は働くだけの力を十分に持っている人も少なくないのかもしれません。

自立支援の実情のお話には、勉強になることが多いです。今後もキャリア・ビバレッジ通信を拝読したいと思っております。こちらこそ、宜しくお願いします。

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