私の半生 | 考え方が極端?

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私の半生シリーズ、今回は第18回です。前回の話「高校で浮く」はこちら。また、このシリーズの目次もあります。

「嘘をついたり、人を巧妙にだましたりして生きていくのが社会人」


「世の中は厳しい。会社で暴力とかいじめ自殺などはけっこう普通に起こっていそうだ。嘘をついたり、人を巧妙にだましたりして生きていくのが社会人なのだろう。私は将来そういう場に参加していかなければならない。だが、私にそれができるだろうか」

私が10代前後の頃に思い描いていた社会像です。なんというバイオレンスな社会像でしょう。

「世の中は厳しいんだぞ!社会は厳しいんだぞ!」私の親はよく、私にこう説いていました。私はそれを上のように解釈してしまったのです。

「100円は大金」


「お金は大事だ。100円だって大金だ。自動販売機で飲み物を買うなんて、とてもじゃないができない。100~100数十円は、あまりにも高すぎる」

私が10代前後の頃の金銭感覚です。これが小学生だったら、確かに100円は少額ではないという感覚は不自然ではないかもしれません。ですが私の場合、中学高校以後もそうでした。少し変わっていたかもしれません。

私は子供の頃から、大人からお金の大切さを教わっていました。私はそれを少し極端に解釈してしまっていたのではないかと思います。

100円が大金といっても、実際は食費や光熱費等で、日々それを大幅に上回る金額が家計からとんでいます。私もそれは分かっていて、自分の持つ金銭感覚は非合理であるという自覚はありました。ですが、この金銭感覚からどうしても自由になることができなかったのです

物事を少し極端に解釈する傾向?


このように、10代前後の頃の私には、物事を少し極端に考えてしまう傾向があったかもしれません。

私が学業に偏重した中学、高校生活を起こっていたのも、こうした傾向が一因でした。進学校を出た私の親は、「偏差値が高くない高校や大学を出ても、就職先ないぞ」というような意味のことを言っていました。それを聞いた私は、こう解釈してしまいました。

「偏差値が高くない学校(高校の入学偏差値50前後以下が目安)を出た人は、みな就職できず、路頭に迷ってしまうんだ」自分でもおかしいという自覚はありました。ですが、こうした発想から自由になることは、10代前後の頃にはなかなかできなかったのです。

この極端に考える癖は就職についてもあったかもしれません。「~な若者は就職できない」という認識か間違った思い込みかよく分からないものが私にはたくさんあって、自縄自縛のような状態に陥ってしまうのですが、これについては後ほど書こうと思います。

こうした傾向は、10代の若者としては正常な個人差の範囲なのか、それともそうではないのか、私には分かりません。

そして、なぜこんな考えをしてしまっていたのかも、いまだに分かりません。一人でいることが多かったことからくる「世間知らず」なのか、「認知の歪み」というものなのか、それとも単に私がアホだったのか、何なのか整理がついていません。

[続きの記事]

◇ 私の半生 | 学校不適応を自分のアイデンティティにしてしまう (新しいウィンドウで開く

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