「ニートはけしからん!」という批判に出会ったら
そうした批判が当たっているか当たっていないかをここで論ずるつもりはありません。
ただ、そういうものに出会うたびに、本人である私はグサリと何かを突き刺されたような嫌な気分になります。自分のことを批判されて、気持ちがいい人はそういません。
しかし、そうしたニート批判をよくよく読んでみると、あることに気づかされます。ニート批判をしている人は、大抵、ニートを次のような人たちだと考えているのです。
◆ 職業意識に欠けている、勤労の価値を軽く見ている
◆ 親から貰ったお金を遊びに浪費している
◆ 上昇志向がない
あれ?これ、私のこと?ちょっと違うような…。ニートって、本当にこんな人たちばかりなのでしょうか?
上の項目のうち、少なくとも「親から貰ったお金を遊びに浪費している」というのは明らかに私には当たりません。私は親からお金を貰うことはあっても、それを遊びに費やす額は年間でほとんどゼロ円です。使途はほとんど勉強です。
働かないで遊び呆けるというのは、良心の呵責もあって、なかなか難しいことなのかもしれません。私の知るあるニート男性は「遊ぼうと思っても、働いていない状態で遊ぶのは気持ちが悪く、遊べない」と話していました。
残りの2項目は客観的に判断するのは難しいですが、私自身は自分には当てはまらないものと考えています。なにせ、私はニートになる前は、真面目で勤勉な学生のお手本とされていた人間です(自分で言うのもなんですが)。できれば働きたいですし、勤労は素晴らしいものだと思っています。自分の付加価値を高めるべく、毎日自己啓発に励んでいます。
■ 「ニート」の定義が違う
もしかすると、ニート批判する人が思い描く「ニート」と、私が思い描く「ニート」は違うのかもしれません。
こう考えると、少し気が楽になるような気もしないまでもありません。「ニートはペット以下」などと批判している人が言う「ニート」は、私のことではないのだと。
同様に、例えば別に職業意識に欠けているわけではないけれども、メンタルヘルスの問題を抱えているばかりにニート状態を余儀なくされている人の場合も、よくあるニート批判の対象にはならないでしょう。
ニート批判に出会ったときの一つの対処法です。本当に職業意識に欠けているニートの人はともかく、そうでないニートの人の場合、「ああ、この人が批判している『ニート』は、自分のことじゃないんだ」と受け流すことができれば、自分を傷つけずにすみます。
■ だが、割り切れない
ただ、実際はなかなかこうは割り切れません。「ここで批判している『ニート』は、自分のこととは違うな」と理性で判断することはできても、どうしても自分のことを言われているような気がします。
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コメント
- 不当な批判は危険です
- 全く同感です。
例えが悪いかもしれませんが、世間の精神病の人に対する理解と、ニート(という括りにされてしまっている人)に対する理解では雲泥の差があるように思えます。
毎日孤独で、精神的な疲労を発散できず、きっかけを掴めないでいる、現実的感覚が薄れ何をどうすれば勇気が持てるのかわからない。
そういった魔のサイクルにはまったニートがいるということを知らず、「怠けてる、悪者」というイメージでしか世間は批判しません。
そういう批判に「なにくそ」と思える人はいいですが、ほとんどが恐らくそうではないので、世間の集中砲火がニートにどう影響を与えるのか考えてほしい。
世間は、「ニートのままでいいと思っている」タイプと、「ニートという言葉に差別意識を感じ、このままでは良くないと思っている」タイプを分けて認識する必要がある。
ただニートというだけで不当な批判を続ければ、後者のタイプはどんどんナーバスになりそこから抜け出せなくなるということをわかってほしい。
「ニートと呼ばれたくないから」という理由だけで抜け出せるほど容易なものではないんです。
- コメントありがとうございます。
- おっしゃる通りだと思います。
おそらく、世間一般の普通に生活を送ることができる人たちにとっては、JJDさんがおっしゃるようなニートの人たちのことが理解できないし、想像すらできないのでしょう。
これに加えて、誤ったマスコミの報道が誤解を広げています。「働いたら負けかなと思っている」と言うニート像が、興味本位で広められてしまったことも不幸です。ニートは、そういう若者ばかりではないのに。
こういう不当な批判は、ニートの社会参加をますます妨げます。
- ニートの認識
- 私の中で、、、というより世間一般のニートという存在は「働けるのに勤労意欲の無い、働こうとしない人」だと思います。大多数の人がこのような認識を持っているのでそれは正しい認識だと思います。
私もニートは許せません、古い考え方かもしれませんが「働かざるもの食うべからず」です。苦しくても戦わなければ生きていけないからです。
ここには沢山の「ニートのままでいたくない!」と思っている人が見受けられますが、その人たちは「勤労意欲」や「上昇志向」がある時点で既にニートから脱出できていることに気づいてほしい。マスコミだ何だがニートを批判しているがそれは正しいとおもう。だけど「上昇意欲」があるのであれば、既にその人はニートではないはずです。後は「どうやって社会生活へなじんでいくか」これだけを気にすれば良いんじゃないでしょうか?
- masaさん、コメントありがとうございます。
- 以前、ある障害者(障碍者)の方の読み物を読んでいたら、「『働かざる者食うべからず』私たちには厳しい言葉です」と書かれてあって、考えさせられたものです。「障害があって働けない人は、別」というのが世間一般の考え方なのでしょうが、障害を持った方の中には、自分たちのことも含めているんだと考える方もいるようです。
>世間一般のニートという存在は「働けるのに勤労意欲の無い、働こうとしない人」だと思います。
そうなのかもしれません。実際、私も、「あなたは勉強しているし、働くことについて考えているし、ニートなんかじゃない」と言われたことがあります。しかし、私は割り切れず、どうしても自分のことを言われているような気がします。ただ、政府は、勤労意欲のあるなしに関わらずニート(正確には「若年無業者」)として集計しているようです。
>後は「どうやって社会生活へなじんでいくか」これだけを気にすれば良いんじゃないでしょうか?
「どうやって社会生活へなじんでいくか」これは私や周囲のひきこもり仲間にとって大きな課題です。今後も考えていかなければなりません。



