修学旅行なんて、いらない !?
修学旅行不要論について色々調べていたら、2ちゃんねるの過去ログにたどり着いてしまいました。そこでは、修学旅行不要なんて言っている奴は、友達がいなかった奴やひきこもりだよ、などと議論されていました。修学旅行で楽しい思い出がなかった者が不要論を唱えているというのです。
そう決め付けるのはどうかと私は思うのですが、完全に的外れとも言えないような気もします。
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修学旅行の話になると、楽しいからやるべきだとか、思い出になるから子供に経験させたいだとかいう理屈がまかり通っています。
しかし、学校は楽しみや思い出を提供するためにあるわけではないはずです。修学旅行は教育活動の一環だという認識が欠けているように思えてなりません。
■ 修学旅行の本来の目的と評価の基準
修学旅行の本来の目的については諸説あるでしょうが、大きく次の2つがあると思われます。
1 集団活動を通じて社会性を身につけること
2 社会的見聞を広めること
いずれも教育的な目的です。修学旅行は教育活動なのですから、当然です。
私にとって修学旅行は苦痛だったのですが、それは、旅行が集団活動を伴うものだったからです。当時から対人関係を築くのが著しく苦手だったのです。
それはさておき、修学旅行を廃止するべきか、存続させるべきか、何らかの改善を行うべきかは、修学旅行が上記の教育的目的の達成に効果があったかどうかを基準に考えるべきでしょう。費用対効果という視点を入れると、さらによいと思います。「楽しいかどうか」「思い出に残るかどうか」といった問題は重要ではありません。
集団活動を通じて社会性を身につけさせるはずの修学旅行で、羽目を外した生徒が反社会的なことをやっていたというのであれば、修学旅行のあり方を考え直すべきでしょう。
所得が向上して手軽に旅行ができるようになった現代では、修学旅行の一つの存在意義とも言える「社会的見聞を広める」という教育的目的は、薄れつつあるように思います。
■ 修学旅行の教育的効果を評価した例
修学旅行に教育的効果があったかどうかをきちんと評価した一例をご紹介します。
川越市教育委員会(当時)の中島明男氏です。 [注] 中島氏は、川越市の2つの中学校を対象に、修学旅行への参加経験が中学生の学級に対する態度に及ぼした肯定的な影響を調査しました。
この調査を行う方法として、「学級のいごこちさのよさの程度」「学級のまとまり・協力関係の程度」など5つの尺度を作成し、修学旅行を経験した生徒とそうでない生徒との間に、尺度の点数の間に差があったかどうかを調査しています。
結局分かったことは、「行事の体験は、直接には日常生活に結び付くとは限らない。また、その効果は、次第に低下する傾向が見られる」ということでした。
本来、修学旅行の教育的効果は、このように評価されるべきです。
■ むすび
修学旅行は、教育的効果があるかどうかを基準に、その在り方や存否が論じられるべきです。
「修学旅行は楽しいから賛成」「修学旅行は不快だったから反対」といった好き嫌いの次元で修学旅行の存否を論じるのはほどほどにするべきです。それならば、「数学の授業は楽しくないから廃止するべき」などという理屈が通ってしまいます。思い出云々という話も同様です。
修学旅行は教育活動なのですから、好きだろうが嫌いだろうが、楽しかろうが多少辛かろうが、教育的効果が高ければ行うべきですし、そうでなければ考え直すべきでしょう。
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◇ 旅行に行く余裕なんてないよ…(ニートひきこもりJurnal別館)
[注]
◇ 中島明男「旅行・集団宿泊的行事の教育的効果について : 中学生の修学旅行への参加経験が、学級に対する中学生の態度に及ぼす影響について」、『日本教育心理学会総会発表論文集』、Vol.37、1995年、542ページ。
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