追悼〜祖父が亡くなった
祖父は何年か前に自宅で仕事中に倒れ、寝たきり生活を送っていました。寝たきり中は、私も時々お手伝いに伺ったものです。しかし、数ヶ月前に病状が悪化し、入院生活を続けていました。
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祖父は大変な努力家で、若い頃は、当時難関だった旧制神戸高等商船学校に入学しています。
しかし、私が知る祖父は、海洋関係とはまったく無縁の、小さな個人商店を営む老人でした。
なんでも、人付き合いが苦手だったことが災いし、海洋関係の職には就けなかったのだそうです。
小さい頃、夏休みにはよく祖父のところに遊びに行ったものです。しかし、祖父はあまり社交的でなく、会話をした記憶も、ほとんどありません。上でお話した祖父のことも、祖父ご本人から聞いたものではなく、母を通じて知ったことでした。
祖母と二人三脚で経営した個人商店は成功し、一時はパートの職員を雇うほど繁盛しました。母も子どもの頃にピアノを買ってもらうなど、恵まれた生活を送っていたようです。祖父は黙々と仕事をし、社交的な祖母は客の相手をするという役割分担が良かったようです。
しかし、10〜20年ほど前からでしょうか、大規模大型店が郊外に次々に進出するようになり、商店街が活気を失うようになっていくと、祖父の店の経営も行き詰まりを見せるようになりました。祖父自身も、この頃にはだいぶ齢を重ねていました。
毎月毎月赤字を出す中でも、祖父は店の経営を続けました。周囲の反対もあったのですが、祖父にとっては、仕事が全てであり、生きがいでした。
しかし、ある日、自宅で段ボール箱を運んでいる最中に倒れ、そのまま寝たきりになってしまいました。生きがいだった仕事を失った祖父は、元気がなさそうでした。
無口で朴訥とした祖父でしたが、その生き方も、あまり器用なものではなかったかもしれません。ですが、愚直に一つの人生を貫いた、気骨ある大正人だったと私は思います。
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