私の場面緘黙症

前回の「緘黙症をなめるな!」という記事はちょっと失敗しました。ときどき行き当たりばったりで書いてしまうことがあり、あんなことになります。

緘黙の男の子が異性にもてるという誤解を生んだのであれば、残念なことです。確かに私の場合、多くの女子に「かわいい」と可愛がってもらっていたのは事実です。しかし、彼女たちは私に対しては「"Love" ではなく "Like"」とでもいうべき立場でした。私を「かわいい」と言ってくれた女子のうち、いったい何人がバレンタインデーの日にチョコレートをくれたと思いますか!?(いつになく悲痛です)

私はある緘黙症を成人になっても持ち越した方(男性)のウェブサイトに入り浸っていたことがあるのですが、その方の一番の悩みは恋愛でした。考えてもみてください。一般に女性は、明石屋さんまのような、おしゃべり上手な男性を好むのです。男性にエスコートしてもらいたいと思っている女性もたくさんいます。緘黙人間には無理な話です。緘黙人間は無口な上に、受身な人が多いんですから。そもそも、対人恐怖を伴うことの多い緘黙人間が、恋愛を含めた、まともな人付き合いができるとは考えにくいです。 * * * * * * * * * *

そういうわけで、場面緘黙症で苦しんでいた期間は、私の人生の中でも交友関係が激減した時期です(いまでも少ないですが)。

いつ場面緘黙症になったのか

そもそもの発端は、小学4年生の4月、転校がきっかけでした。もともと無口で大人しいタイプだったのですが、それが極端になりました。

何を根拠に場面緘黙症だったと言っているのか

自己診断です。自分のおかしな症状はいったい何だろうと長年疑問に思っていたところ、最近になってインターネットで場面緘黙症を知り、その症状等が私のものと酷似していたので、これだ!と考えたわけです(最近こういう方、多いようです)。DSMの診断基準は、もちろん見ました。

それまでにも、メンタルヘルスに関する書物を読んだことがあったのですが、書かれてあったのは比較的メジャーなアダルトチルドレンなどでした。高校時代の担任には、自閉症なのではないかとほのめかされたりもしました。しかし、いずれも私の場合と症状が違いました。

緘黙症を知る前は、自分は世界に1人しかいない変わり者なのではないかだとか、自分は障害者で、本当は養護学校に行くべきなのではないかだとか、思っていました。

ただ、自己診断なので、もしかすると間違っている可能性があります。発症したのは小学4年の4月というのも、少し遅い感があります。いずれにせよ、場面緘黙症かどうかはっきりしない部分もありますが、それによく似た症状で悩まされ続けたことは確かです。

どういう症状だったのか

[症状]

話せない
笑えない
人が怖い
社会が怖い
自己否定の塊
極度の引っ込み思案
家以外の場面ではいつも極度に緊張している

[副産物]

先生やクラスメイトと普通にコミュニケーションがとれない
友達ができない
いじめられる
人との接し方が分からないまま大人に

どのぐらいの期間続いていたのか

はっきりこの時期に終わった!というのがないので、何ともいえません。

中学3年のとき、数学の時間に私が一言しゃべったら、「あの無口な富氏君がしゃべった」とクラス中がどよめいたぐらいですから、少なくともこの頃には、まだまだ治っていなかったと言えます。高校2~3年の頃になると、小さな声でも少しは話すことができたのですが、担任に自閉症ではないかとほのめかされています。大学在学中は、もう少し雑談もできるようになっていました。ですが、グループの雑談には、全くと言っていいほど加わることができませんでした。

小学4年の4月に発症し、大学時代ぐらいにある程度治ったといっていいですかねー…。10年ほどでしょうか。ちなみに、今でもおしゃべりは苦手です。

サポートしてくれる人はいなかったのか

明らかにおかしな子供だったので、先生方の中には、私がうまくやっていけるように気を遣ってくださる方も多くいらっしゃいました。クラスメイトの中にも、そういう接し方をしてくれる人がたくさんいました。しかし、一部の人には理解してもらえませんでした。しゃべらないのは単にやる気がないだけだとみなされることもありましたし、いじめにも遭いました。

親には何を話しても理解してもらえませんでした。場面緘黙児は、一般に学校では何も話せませんが、家では普通に振舞うことができるのです。親は、家での普通の私の姿しか知りませんでした。それに、まさか自分の子供が、発症率0.2%ともいわれる情緒障害にかかったとは思わなかったのでしょう。学校の先生方も、おそらく私が緘黙児だということを親に話さなかったものと思われます。

専門家の治療は受けなかったのか

全く受けませんでした。当時は場面緘黙症など知らず、自分が喋ることができないのは性格の問題だと信じていたので、専門家の治療が必要だとは考えませんでした。「根性」か何かで直すべき問題だと信じていました。

* * * * * * * * * *

私の緘黙は、ざっとみてこんなところです。

今後も、週1回ぐらいのペースで緘黙症に関する記事を書いていきます。特に私は英語が好きですので、英語圏のウェブサイト等から仕入れた情報も書いていけたら、と思っています。英語圏の方が、情報量が豊富そうです。

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