学校に行くに値しない人間→不登校へ?
私は小〜中学校の頃、このような考えにとらわれていたことがあります(私だけでしょうか?)。
私は子どもの頃から、自分は価値のない人間だと考える傾向がありました。それが、いじめを受けることによって、ますますその傾向が強くなっていきました。
「自分は価値のない人間で、学校教育を受けるにも値しないのではないか。クラスには、自分が学校にいることを迷惑に感じている人が多いだろう。例えば、自分が学校にいるばかりに、いじめが起きて、クラスの雰囲気が悪くなっている。先生だって、内心自分のような生徒はいなくなってほしいと願っているのではないか。自分のような生徒は不登校になった方が、みんながより幸せになっていいのではないか」
今にして思うと不思議なのですが、当時は本当にこう思いつめていました。
もしかすると、軽度のうつだったのかもしれません(おそらく違うのではないかと思うのですが…)。しかし、診断を受けたわけではないので定かではありません。
それでも不登校にならなかったのは、自分には教育を受ける権利があるという考えの方がまだ幾分強かったことと、クラスの中にはいじめをかばうなど、私の味方をしてくれる人がいたからでした。
しかし、もう少しで不登校になるところでした。もし不登校になったら、大方「いじめの辛さに耐えかねて学校に行かなくなった」などと、間違った受け止め方をされたことでしょう。人間、何か分からない問題が起ると、自分の知っている範囲内のことで説明しようとすることがよくあります。まさか、「自分は学校に行くに値しない人間だ」などと考える子どもがいるとは、想像できる人はなかなかいないでしょうから。
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コメント
- 不安は育ちますね
- はじめは小さな不安も,、思いつめていくうちに、他の人から見ると不可解なほど巨大になっていくことが出来るのは、人間のイマジネーション能力故でしょうか?
ですから、不安が大きくなる人というのは飛躍的な発想力を持っている、賢い方とも言えるような気がします
苦しい思いをしている人からすれば.、そんな悠長なこと言っていられないのですが
私は、子どもの想像力にはいつも感心させられ、尊敬の気持ちさえ覚えます
でも、それが不安から始まっているときには.日常生活に支障が出るほどで・・
帽子を深くかぶらないと外出できないとか、.あの人に手紙の返事を書いていないから会ったらどうしよう・・などなど
どうしてそういう風に考えてしまうのかと、不思議なほどです
ところで、私は私で、学校に対してまた違った不安を抱いていたことがあります
(今も完全には脱していないのですが・・)
それは
「学校は、自分の子どもが行くに値しない場所なのではないだろうか?」
「学校は、先生の権威を保ち、生活を安定させるための機関で、そのために子どもは登校させられているのではないだろうか?」というものです
学校に恐怖心を抱く子どもに
「あなたという才能を受容する能力の無い学校ならば、行ってあげる価値は無いのである」
などと・・親ばか妄想そのもの・・でしょう?
- ルディさん、コメントありがとうございます。
- う〜ん、不安は発想力なのでしょうか。記事で書いたような傾向が特に強かった時は、いじめだけでなく、学業不振や家庭内のトラブルにも悩まされていました。いろいろな悪条件が重なったと言えます。
不登校というと、児童生徒が学校に適応していないというのが一般的な考え方です。しかし、逆に、学校の方が児童生徒に適応していないのではないかという考え方を示した大学教授もいます。どちらが妥当かは私にはよく分からないのですが。
- お返事有難うございます
- そうですね、発想は意志が働いているような気がしますが、不安は無意識に湧き上がってきてしまうものかもしれないですね
それをコントロール出来るぐらいならとっくにしていますよね
不安は体の症状としても現れるのですから、簡単に考えてはいけないですね
学校のことですが、うちの地域の中学では、子どもが立ち歩いたりして授業が成り立たないほどになっているとお母さん仲間から聞いています
先生たちは秩序を保とうとするあまり、ひどくキレてしまうこともあるようで
校長先生が机をひっくり返してしまったということもあったそうです・・・大人も子どももなぜキレやすくなってしまっているのでしょう?
社会不安を抱える子どもにとって、安心できない学校の状況です
- コメントありがとうございます。
- 不安も、メタ認知というのでしょうか、一段高いところから客観的に認知してうまく生かせば、いい結果につながるのかもしれません(以前、ブログでお話した「防衛的悲観」)。
学級崩壊は、新聞紙上で読んだことがある程度でしたが、お知り合いのルディさんからそういうお話を聞くと、やはり実際に広がっているのだと、問題の深刻さを感じます。私が中学生の頃は学級崩壊は見たことも聞いたこともなかったので、どうしてそのようなことになってしまったのか不思議でなりません。安心して授業を受けられる環境が欲しいものです。



