自己責任のお話

たしか私が高校生ぐらいの頃、街頭で交通遺児募金をしている子供たちを見かけたことがあります。しかし、子供たちを見ても素通りする人ばかりで、募金に協力する人はほとんどいませんでした。

私は病気遺児でした。このため、交通遺児に(勝手に)共感して、小額ながら寄付しました。子供たちからは、「ありがとうございました!!」と大きな声で礼を言われ、大変感謝されてしまいました。私は、いいことをしたと思いました。

■ 交通遺児と自己責任論

その後、家に帰って、親にこのことを伝えたところ、意外なことに、こっぴどく叱られてしまいました。

「あんな奴らに、寄付なんて必要ないんだよ!」

そして、自己責任論を展開し始めたのです。

曰く、人間生きていると、いつどんな目に遭うか分からない。そのために、備えをしなければならない。生命保険をかけるのも大事なことだ。しかし、奴らはそれを怠った。奴らが困窮しているのは自己責任だ、自業自得だと。

■ 万一の時のために備えてきた私の親

冒頭でも軽く触れましたが、私は病気遺児であり、我が家は言ってみれば病気遺族です。しかし、親曰く、我が家は特別なサポートはあまり受けてこなかったそうです。しかし、それでもなんとか生活できています。それはなぜかと言うと、昔から娯楽費を切り詰めるなどして、生命保険など万一の時のためのお金を積み立ててきたからだそうです。

私の親が募金活動に関わる交通遺児・遺族を半ば感情的に批難したのは、そういう経緯からでもあります。万一のために真面目にコツコツ備えてきた者がサポートを受けられず、備えを怠ってきた(と親が考えている)者がサポートを受けて優遇されている、そういう不公平が許せない、ということです。

■ 疑問

なにしろ親の言うことですから逆らうわけにもいかず、私は「そうですね、自業自得ですね」とその場で同意して収まったのですが、内心もう一つ納得できませんでした。

まず第一に、私の親は、交通「遺児」と交通「遺族」を混同しているのではないかという疑問を持ちました。生命保険など、万一の備えをしていなかった責任が、果たして年端もいかない交通遺児にあるのでしょうか。

第二に、「備えをしていなかった奴が悪い」は、交通遺族の実情を知らない人の理屈ではないかという疑問を持ちました。実際に交通遺族となった人には、私たちには考えもつかない難しい事情があるのかもしれないのです。

第三に、百歩譲って遺族に備えが足らず、責めがあったとしても、それを「自己責任」「自業自得」で切って捨てるのは、少し冷たいのではないかという疑問を持ちました。甘い考えかもしれませんが。

何はともあれ、交通遺児・遺族を生み出さないためにも、我々ドライバーは安全運転を心がけたいものです。

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