社会適応のためにカラオケ(前編)
今になって冷静に考えてみれば、果たしてカラオケがそこまで重要なことだろうかと少し疑問にも思います。確かにカラオケが歌えないと不自由を感じる場面は出てくるかもしれませんが、特にひきこもりの人には、もっと他に大事なことがあるのではないかと思います。
私はもともと、カラオケを歌うのは不良という極端なことを考えていて、これがカラオケを敬遠する理由の一つになっていました(「カラオケは不良の行くところだと思ってた!」参照)。ですが、ひきこもりになって色々考えているうちに、考えが変わりました。
■ ひきこもりデイケアでカラオケへ!
そこである日、ひきこもりデイケアのスケジュール決めのときに、私自ら「カラオケに行きたい!」と提案しました。苦手なカラオケに挑戦しようということです。これが他メンバーからの支持をいただいて、デイケアでカラオケに行くことになったのでした。
ですが、いきなりデイケアで、多くのメンバーや心理士が見ている中、歌を歌うのは私には難しそうでした。そこでまず、私一人だけでカラオケボックスに行って歌を歌い、それに慣れてから、デイケアで仲のいいY君と二人でカラオケボックスで歌を歌い、そうした「予習」を積み重ねた上で、デイケアに望もうとしたのでした。
こうして社会適応のために一生懸命カラオケに挑戦していた私を、親は冷ややかな目で見ていました。カラオケなんて、ふざけやがって、ということです。私の親はカラオケ好きで、「カラオケ嫌いな奴に、ろくな人間はいない!」とまで断言する人ですが、こうした親には、カラオケが苦手で悩んでいる人のことは分からないのでしょう。
(つづく)
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コメント
- 富重さん、
すみません、またお邪魔します。
>社会適応のために最も必要なスキルの一つは、カラオケではないかと考えていた時期があります。
私もそう考えていました。
私が日本から何年も遠ざかっていた理由のひとつがカラオケでした。カラオケが怖くて日本で会社に就職できませんでした(笑)。自らカラオケに行こうと提案するなんてすごいですね。
- 勉強が苦手な子に勉強を指導する。
こちらは普通にあることですが、
遊びが苦手な子に遊びを指導する。
こちらは滅多に無い感じがしますね。
いい年の大人達にしばしば分別が無いのは、
恨めしいことです。
- ジャスミンさん、コメントありがとうございます。
- カラオケが苦手でも社会でうまくやっていくことはできないことはないのですが、昔の私はそのことに気づきませんでした。
日本はカラオケ大国とも言われますが、こういう付き合いが苦手で悩んでいる人もいるのでしょうね。
- 通りすがりさん、コメントありがとうございます。
- >勉強が苦手な子に勉強を指導する。
>こちらは普通にあることですが、
>遊びが苦手な子に遊びを指導する。
>こちらは滅多に無い感じがしますね。
なるほど、言われてみればそうです。
私は、新聞等で「遊ぶ金欲しさに(犯罪を)やった」と報じられることはあっても、「勉強する金欲しさに(犯罪を)やった」と報じられることがないのが不思議に感じる変わり者ですからね…。
- いえいえ、僕の上の意見はありふれたものです。以前に富重さんも、コミュニケーションの授業があったらなあ、と書かれたと覚えます。「ハヴィガーストの発達課題」か何かに照らして、勉学に限らず遅れが著しい面はフォローされるのが望ましい、そう思います。
>「勉強する金欲しさに(犯罪を)やった」と報じられることがないのが不思議
ああ、これはユニークです(笑)。確かに、僕も学費が欲しいです。ただ、勉学を進める人はその道先で認められる未来を思い描いているので、脱線は望まないのでしょう。人によっては、臆病なほどに。
- コメントありがとうございます。
- 発達理論については詳しくありませんが、いずれにせよ、自分に足りないものは埋めていかなければなりません。
>勉学を進める人はその道先で認められる未来を思い描いているので、脱線は望まないのでしょう。
なるほど、そうなのかもしれません。



