アンダークラス論:貧困は本人のせい?

Charles Murray and the Underclass (Choice in Welfare)西村貴直「"アンダークラス"と『フリーター』: 『脱』工業社会の貧困問題」『長崎国際大学論叢』第5巻、2005年1月、185-194ぺージ。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004628555/
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「アンダークラス」という概念は、もともとは、経済学者・Gunnar Myrdal の1963年の著書 Challenge to Affluence(邦訳書『豊かさへの挑戦』)の中で初めて使われた欧米の概念で、平たく言えば、貧困層のことです。当初は、アンダークラスが生み出されるに至った社会的背景への注意を喚起する目的で使われた概念でした。

しかし、その後、アンダークラスの概念は変わっていきます。Charles Murray 氏などにより、アンダークラスという概念は、次第に当事者たちの行動様式のあり方を強調するものに変わっていきました。

分かりやすく言えば、もともとは社会が原因で貧困になる人たち、という意味だったのに、怠惰や非行といった本人たちが原因で貧困から抜け出せない人たち、という意味に変わっていったといったところでしょうか。

フリーターの増加の要因は若者自身にある(若者の意欲や能力の低下など)と考えるべきなのか、それとも社会の方にある(経済構造の変化など)と考えるべきなのか。上の論文の著者は後者の立場をとり、フリーターをアンダークラス概念と対比させ、その言説にともなう問題を示しています。

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フリーターとアンダークラスの共通点に着目しているところが、この論文の面白いところだと思います。著者は、フリーターを「日本版 "アンダークラス"」と表現しています。

とすると、ニートやひきこもりも、「日本版 "アンダークラス"」と考えてみるのはどうでしょうか。ニートやひきこもりは、フリーター以上に、本人に原因があるという見方が一般的ではないかと思います。「就職氷河期には、正社員の求人そのものが少なかったから、フリーターにならざるを得ない若者が増えたのは仕方がない。しかし、ニート、ひきこもりは求職活動すらしておらず、フリーターと違って仕事への意欲がない。仕事をえり好みしている者もいるのではないか」といったところです。

そうしたニート論、ひきこもり論の当否については、ここでは私は何も書きません。ただ一つ言える事は、学者など第三者は、ニート、ひきこもり増加の原因を社会に求めるのは自由ですが、ニート、ひきこもり本人がそうすることはできないということです。

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コメント

世界には、働きたくても仕事がない・・・働けど暮らし楽にならず・・・
といったところもあります。

いま若者の間で「蟹工船」が共感を呼んでいるそうですが、80年も昔のことなのに、それほど労働環境が進歩してないのは残念なことです。

ただ一言言いたいのは、ヘトヘトになるまで蟹の缶詰をいくら作る立場にいても、妻を専業主婦にして子供を大学に行かすということは困難だということです。
Xさん、コメントありがとうございます。
言葉が足りなかったかもしれませんが、アンダークラスは欧米の先進国の貧困層の問題です。社会的に排除された層、という言い方もできます。

蟹の缶詰をただひたすら詰めるような単純作業は、現代日本では、主に非正規雇用者の仕事だろうと思います。こうした仕事にもっぱら従事する人たちを、上記論文から引用すれば、「契約社員や派遣労働者という就業形態を自発的に選択」していて、そのなかには「職業意識が希薄なため、将来の見通しを持たないままフリーターとなったものが相当数存在する」などとして、本人たちに原因があるとするのが、一つの立場です。

もう一つの立場は、経済社会環境に原因を求めるもので、例えば、上記論文の著者の言葉を借りれば、「その編成上、廉価でフレキシブルな労働力の活用に依存せざるをえない『脱』工業社会においては、どんなに景気が回復しようと、就業と失業を繰り返しながら自らと家族を支えていかねばならない人々が、一定以上の割合で確実に存在する」などと考えます。

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