無用の用

「無用の用」。

私のような大して世の役に立っているとも思えないニート、ひきこもり者でも、実は何かの役に立つことはあるのでしょうか。

荘子 第1冊 内篇 (1) (岩波文庫 青 206-1)「無用の用」の考え方は、『老子』や『荘子』に見ることができます。

『荘子』の「内篇」に、あるクヌギの大木についての寓話があります。この木は材木としては役に立たないため、人に切り倒されること無く、大木になるまで長生きしたというお話です。このクヌギの木は、人の夢の中に現れ、自分が人の役に立たないことが、自分にとって大いに役立つことになっているという内容のことを話しています。

他に、「支離疏(しりそ)」という、障害(障碍)を持った人の寓話も登場します。この人は障害があるために、徴兵や徴発を免れることができる等、世間の害を受けずに自然の寿命を全うできると書かれてあります(障害を持った人を「無用の用」の例えにするには異論もあるでしょうが、『荘子』がそうしているので、それに従って書いています)。

どちらも、社会の役に立たないことが、自分にとって役に立っているという内容です。

* * * * * * * * * *

この『荘子』の寓話をヒントに考えると、私のようなニート、ひきこもり者の「無用の用」とは、社会の役に立たない無職であるために、仕事のストレスで悩んだり、職業病にかかったり、過労死に至ったりしないで済む、長生きできるということでしょうか。

どうも納得がいきません。ニート、特にひきこもりだと、病院を受診することすら簡単ではありません。ひきこもり生活が続いた挙句、うつなどの精神病にかかる人も多いと聞きます。病気にまではならないにしても、いい年して無職であることの劣等感といったら、ありません。

それに、私に経済的な支援を行っている親が上のような話を聞けば、怒るに違いありません。「お前はひきこもって健康を保つことができるかもしれないが、私はどんな思いで働いていると思っているんだ!」というように(ちなみに、上の寓話に登場した支離疏は、障害を抱えながらも、米のふるいわけという仕事で十人を養えるだけの能力は持っています)。

『荘子(内篇)』の寓話は面白いのですが、これをヒントに、私のようなニート、ひきこもり者の「無用の用」を考えたのが間違いだったのかもしれません。それにしても、私のようなニート、ひきこもり者の「無用の用」というのが、今のところ思いつきません。

※ この記事は、金谷治訳注『荘子 第一冊』岩波文庫、1971年を参考にしました。

スポンサーリンク

トラックバック

URL :

最近の記事
カテゴリー
カレンダー(月別)
07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
RSSフィード
本など
「ニート」って言うな! (光文社新書)

若年者就業の経済学
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
心と身体
127位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
9位
アクセスランキングを見る>>
リンク
このサイトについて

このサイトはリンクフリーです。張るのも剥がすのもご自由になさってください。相互リンクは現在募集しておりません。

携帯用アドレスを取得されたい方は、「こちら」をクリックしてください。

このブログのリンク先のご利用につきましては、ご自身の責任のもとでお願いします。なお、本等のリンクについては、Amazon.co.jpのアフィリエイトプログラムを導入しています。

なお、「富条」はハンドルネームです。本名は全く違う名前です。

メールは nhjournal77@yahoo.co.jp まで。