(広義の)精神疾患を疑うことは、言い訳探しか

私はひきこもりになる前の早い段階で、精神医学分野の専門家に相談に訪れるべきだっただろうかと考えたことがあります。私がひきこもった原因は様々ですが、その一因と考えられる心の健康問題に早めに介入を行っていれば、問題の芽を摘むことができたのではないかと思うからです。

ですが、当時は(広義の)精神疾患を疑うのは、自分のふがいなさを病気か何かのせいにしようとしているに過ぎないのではないかと考え、そうしたことをせずに終わったのでした。

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私は子供の頃より引っ込み思案がかなり極端で、学校では一言も声を発することができないほどでした。場面緘黙症が疑われても不思議ではない状況だったわけです。青年期に入ってもその傾向はあまり改善せず、自分の将来を悲観していました。

こうした状況だったにもかかわらず、専門家のもとに相談に行くことはありませんでした。私は当時場面緘黙症のことは知らず、自分が専門家の支援が必要な状態にあるかもしれないということが、分からなかったのです(緘黙経験者には、問題を認識せず、あるいはされずに、症状を放置したままの人が少なくありません)。

それでも私は、自分は実は障害者か何かではないかと疑い、関連書を読むなどして情報を集めようとしたこともあります。ですが、いい加減なところでやめてしまいました。情報を集め始めているうちに、何やら自分のふがいなさを障害や病気のせいにしようとしているのではないかと思えたからです。ましてや、専門家のもとへ相談に行こうなど、甘えではないかと考えてしまいました。

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もちろん、専門家に診てもらったからといって、それが必ずしも自分の状況の改善につながったかどうかは分かりません。当時私が考えた通り、自分は本当は健康なのに、障害や病気持ちと勝手に考えて、自分のふがいさをそのせいにしようとしていただけなのかもしれません。ですが、私が本当に心の問題を抱えていたかどうかは専門家でなければ判断できません。また、ひきこもりになる前に問題の芽を摘んでいたら、私の将来は変わっていたのかもしれません。

専門家のもとを訪れずに正解だったのかどうか、今でもよく分からずにいます。

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