不登校、再登校が目標か
雑誌には不登校に関する論文がいくつか掲載されています。せっかくですので、論文を読んで考えたこと等、自分自身の勉強も兼ねて、ここでまとめてみます。なお、私は専門家でも何でもないので、論文のまともな論評はできません。
↓ 今回は、この論文です。
清田晃生、齋藤万比古「不登校の年齢的変化」、『精神科治療学』、第21巻3号、281-286ページ、2006年。
不登校を年少型と思春期型に分け、その特徴を示しています。また、発達障害児における不登校発症についても言及しています。
特に思春期型について言えることですが、著者は不登校児の援助の目標を、再登校そのものよりも、その不登校児の発達課題の克服に重点を置いています。
不登校というと、どうしても再登校が目標と考えたくなります。できるだけ早く再登校しなければ、人生の可能性が閉ざされてしまうかもしれないということでしょう。行動主義の立場からは、子どもへの登校刺激付与による、登校行動の形成を重視する主張もあります(「ニートひきこもりJournal: 行動科学から見た不登校、ひきこもり」参照)。
しかし、子どもの発達という点を考えると、清田、齋藤氏のような主張も考えられるところです。もし、不登校が多少長引いても、後の人生に影響が少ないというのであれば、このような主張は受け入れやすいです。
子どもの発達には個人差があるのに、現在主流の教育制度はそれを十分に考慮せず、年齢を基準に画一的な教育が行われているという趣旨の主張を聞いたことがあります。子どもの発達をどこまでも重視する立場からの主張かもしれません。もっとも、ここでは、制度がどうあるべきかについて論じるつもりはありません。
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70年代の登校拒否
(登校拒否)は学校へゆきたいしゆかねばならぬという気持ちをもちながら、どうしてもゆけない。特に夕方は、明日になれば必ずゆこうと思って決心していながら、翌朝になると、どうしても起きあがれないか家の門を出ることができない。それで初期にはお腹が痛いとか頭が痛いといって登校しないものがある。
上の文章の出典は、十亀史郎『自閉症児・緘黙児』、黎明書房、昭和48年、169-170ページです。
昭和48年は、西暦に直すと1973年です。70年代の前半に、学校に行きたいけれども行けないタイプの登校拒否(今で言う不登校)が、専門家に既に認識されていたとは、知りませんでした。統合失調症や心身症絡みの登校拒否や学校恐怖症なら、50年代や60年代にも問題にされていたと聞いたことはあるのですが。
さらに、上の文は次のように続きます。
彼らにとって共通なのは、クラスの中で友人や先生に受け入れられるかどうか、という関心である。友人は欲しいが友人をつくるような社交性に欠けるため、みずから進んでよい関係をつくりそれを維持することはできない。しかし学童期においては、ただじっとしていては友人間からとりのこされるだけである。
今日で言うひきこもりやニート(のステレオタイプ?)とも、実によく似ているではありませんか。もっともこれはあくまで学童についての話なのですが。
少なくとも学童については、70年代の前半には既に、学校に行きたい、行かなければならないけれどもそれができない、そして、人付き合いが苦手という子がいたらしいです。さらに、そうした子たちが専門家によって問題にされていたようです。
十亀史郎氏(故人)は、児童精神医学が専門。自閉症の研究で実績があるようです。緘黙児については、姉妹サイト「場面緘黙症Journal」を参照。
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◇ 不登校、中身はいろいろ
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不登校、中身はいろいろ
ですから、その中身は様々なのです。
いじめや何らかの挫折体験で不登校になった子もいれば、怠学している子もいるでしょう。
あと見落とされがちなのは、うつや統合失調症で不登校になった子の存在です。「そんな病気で不登校になる子が本当にいるのか」という声がどこからか聞こえてきそうですが、健康な人には不健康な人のことに考えが及びにくいだけです。うつや統合失調症でひきこもり症状を起こすのは医学関係の本やウェブサイトには書いてあるはずですし、実際に私はそういう人を知っています。
こうなると、不登校対策もその子によって大きく変わってきます。怠学している子には教育的な対応が効果的かもしれませんが、うつや統合失調症の子に対しては、むしろ医学的な対応がなされるべきです。
このあたりの基本的な理解がないまま議論がなされている場合をときどき見かけるので、今回敢えて書くことにしました。
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ついでに言うと、「昔は不登校になる子なんていなかった」というのも言いすぎです。
1950年代後半には、「学校に行かれない」症状として「学校恐怖症(School Phobia)」という診断名が、1960年代後半には「登校拒否」(school refusal)という言葉が使われていました。[注] 現代の不登校とは概念が違うといえば違うのですが、病気なども含めて、学校に行っていない子が存在したには変わりありません。
[注]
森永良子「思春期医療の変容」、『日医雑誌』第129巻、第10号、2003年5月、1563-1568ページ。
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行動科学から見た不登校、ひきこもり
↑ 不登校、ひきこもりを、特に行動分析学、行動療法の観点からまとめています。今回は、この論文について書きます。
■ 不登校やひきこもりは回避行動
上記論文にも触れられているように、行動分析学では、不登校やひきこもりは「回避行動」であると見ます。
■ 登校刺激を与えよ!
介入方法としては、不登校の場合なら、特に登校刺激を与えることの必要性が強調されています。「拒否する子どもを強制的に学校に連れて行き、教室に留まらせる」という過激な方法も紹介されています。いずれも行動分析学の観点から考えると理にかなっていると言えますが、物議をかもしそうな方法です。
高校受験から偏差値が追放された世代
私の時代には、高校受験に「偏差値」という言葉がありませんでした。なんでも、偏差値教育はよくないという声が上がって、公立中学校の教育から偏差値や業者テストが追放されたのだそうです。
しかし、多くの公立中学校で行われていた教育は受験教育にほかなりませんでした。多くの生徒はできるだけ学力水準の高い学校に入ることを希望し、教師もそれにこたえた授業を行っていました。
受験で偏差値は使われなかったものの、代わりに高校合格の基準として点数が使われていました。地域の統一模試や、学校で行われる実力テストで大体何点ぐらいとっていればこの高校に合格できるとか、そういった具合です。




