就労支援デイケアの内容

菊池美智子、榊原聡、江口万里子、林寿美子、服部有香、村手恵子、奥田幸子、永井優子「就労準備デイケアにおける問題解決技法を用いたプログラムの実践−精神障害者グループと社会的ひきこもりグループを対象として−」『愛知県立看護大学紀要』、2007年、Vol.13、15-23ページ。

↑ 大学紀要です。とある精神保健福祉センターで試行的に実施された、就労支援デイケアの内容がまとめられています。デイケアの対象は、精神障害者グループと、社会的ひきこもりグループです。

具体的にまとめられた就労支援の内容は、私のような当事者にも参考になります。問題の解決案を長所と短所に分けて整理する等のノウハウは、デイケアに参加していないひきこもりの人でも、活用できそうです。

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ところで、私が参加しているひきこもりデイケアでは、上のような就労支援は行われていません。どうやらこのデイケアでは、社会に居場所がなく、家でひきこもるしかない人に、安心して参加できる居場所を提供しようというのが、一つの趣旨のように感じます。実際、同席している心理士は、就労の話を積極的にすることは滅多にありません。こうした話は、ひきこもり者にプレッシャーを与えるからでしょう。このため、デイケアは、まだ就労という段階までは踏み出せないけれども、家から出ることはできる、という人でも安心して参加できる場になっています。

私が参加するデイケアで上のような就労支援を行うには、問題がありそうです。それは、家から出ることならできるという段階のひきこもり者が、就労のプレッシャーを感じ、安心してデイケアに参加しづらくなると考えられるからです。

それならば、ひきこもりの段階によって、デイケアを分ければよさそうにも思えます。家から出たばかりというひきこもり者には従来通りのデイケアを、ひきこもり状態が改善して就労を前向きに考えられるようになったひきこもり者には就労支援を、と分けるわけです。しかし、私が住んでいるような、ひきこもり者が集まりにくい小さな地方都市では、そのようなことはなかなかできそうになく、就労支援を行うとすれば、ここが課題となるでしょう(ただ、上記論文の精保センターが所在するような大都市であれば、話は別です)。

また、最近では、上記紀要で報告された就労支援事業が始まった頃には十分に整備されていなかった、地域若者サポートステーションという就労支援施設が全国各地に設置されています。精保センターが就労支援を行うのであれば、サポステとの役割分担も課題になってきそうです。

なお、上記報告は、インターネットで無料で読むことができます。

ひきこもりと若年性健忘症

Progress In Brain Research: Essence of Memory; Edby Wayne S Sossin (Progress in Brain Research)何年か前、『日本経済新聞』か、NHKテレビの「クローズアップ現代」か何かで、若年性健忘症を知りました。

会話の減少が原因で、20〜30代にして健忘症になってしまう若者が増えているという話だったと思います。うる覚えですが、若年性健忘症を防ぐ方法の一つは会話をすることで、それも家族以外の人と会話をすることがよいという話でした。

考えてみると、私はニート、ひきこもりになってから、いよいよ人と会話をしなくなりました。せいぜい親ぐらいとしか話をしません。日中はウェブサイトの管理をしたり(複数のサイトを持っているので、これだけでも結構な時間になります)、勉強や家事をしたりして過ごしていますが、一人で黙々と作業する時間が多いです。家族以外との会話では、ひきこもりデイケアに参加して、いつものメンバーと話をする程度です。

このような生活を続けて、若年性健忘症になることはないのでしょうか。あまり物忘れがひどくなると、今度はまた別の理由で就職できず、ニートひきこもり生活を続ける破目に遭いかねません。

最近、高校・大学の頃に比べて、物忘れが若干悪くなったような気もします。用事があって二階に上がったところ、どのような用事で二階に来たかを忘れてしまうことが以前よりも増えた感じがします。ひどい場合だと、英語で書かれた本を読んでいるとき、気になる英単語の意味を辞書で調べることがあるのですが、調べ終わって英語の本に再び目を移したところ、先ほど(ほんの1秒ほど前に)調べた英単語の意味を忘れてしまった、ということもあります。

とはいえ、物忘れは、ニート、ひきこもりの人でなくても、私ぐらいの年齢になれば、多かれ少なかれ誰だって経験するものだろうと思います。私の物忘れがニート、ひきこもり生活のためかどうかは分かりません。

なお、ある新聞記事によると、[注] 加齢による物忘れならば、実はそう悪いことでもないという研究者もいるそうで、それは最近新版が出た Progress In Brain Research と言う本に書いてあるそうなのですが、価格、ページ数、言語ともに敷居が高い本で、とても読めません。

[注]

◇ Reistad-Long, S. (2008, May 20). Brain power and the advantages of aging. International Herald Tribune. Retrieved June 2, 2008, from
http://www.iht.com/articles/2008/05/20/
healthscience/snold.php.

社会適応のためにカラオケ(後編)

社会適応のためにカラオケ(前編)」の続きです。

■ デイケア本番

「予習」を終えて、いよいよデイケアの日がやってきました。ひきこもりメンバーと心理士で、カラオケボックスに行きました。

しかし、大勢(といっても、私を合わせて6人)の前で歌を歌うのは想像以上に不安を伴うことでした。考えただけで、体中に汗が出てきました。おまけに、「予習」段階で試しに歌ってみた歌が、このカラオケボックスではないではありませんか(カラオケに慣れていなかったので、予想もつきませんでした)。

私は「歌ってみたら」と誘われたのですが、断ってしまいました。小さくなっている私をよそに、周りのメンバーや心理士が気持ち良さそうに歌っていました。

これではよくありません。この日のためになんのための「予習」をしてきたのか、分かりません。そこで、ある人が歌い終わった後、一念発起して「私、歌います!」と言い出し、メンバーの了承をいただいた上で、リモコンを取りました。しかし、緊張のあまり、リモコンを持つ手が激しく震えました。歌いたい曲を指定しようにも、思うようになりません。

何度も失敗して、ようやく指定したのが、天道よしみの「道頓堀人情」でした。私は演歌が好きですが、若い人の間で流行っている歌のことはよく分かりません。歌っている最中も、緊張のあまり、マイクを持つ手は震えるわ、汗はダクダク出てくるわで、大変でした。それでもなんとか3番まで歌いきったのでした。

なんとも情けないカラオケ体験でしたが、大勢の前でカラオケで歌うのは初めてだったので、このようなものなのかもしれません。

■ デイケア後の反省

無事デイケアは終わったのですが、私が気になったのは、一緒に参加していたあるベテラン男性心理士でした。この方は「カラオケは歌えない」ということで最後まで1曲も歌うことがなかったのですが、聞き役に周って、カラオケの場を盛り上げていたのでした。なるほど、カラオケが歌えないなら、こういうするのも一つの手かと勉強になりました。

もう一つ。私は大勢の前で好きな演歌を歌ったのですが、カラオケに参加していた人は、ベテラン男性心理士を除いて全て若い人たちです。演歌など聞きたくなかったに違いありません。先日、あるテレビ番組で、若い演歌歌手が、「みんなと一緒にカラオケに行く時は、気を遣ってポップスを歌うけれど、一人でカラオケに行く時は演歌ばかり歌っている」というようなことを話していて、その社交性の高さに感心したのですが、こうした配慮が必要だったでしょう。

社会適応のためにカラオケ(前編)

ひきこもりの私にとって、社会適応のために最も必要なスキルの一つは、カラオケではないかと考えていた時期があります。いまどきカラオケも歌えないようでは、職場の付き合いはもちろん、プライベートでもまともな友達づきあいはできず、社会不適応者になってしまうと真剣に思いつめていたのです。

今になって冷静に考えてみれば、果たしてカラオケがそこまで重要なことだろうかと少し疑問にも思います。確かにカラオケが歌えないと不自由を感じる場面は出てくるかもしれませんが、特にひきこもりの人には、もっと他に大事なことがあるのではないかと思います。

私はもともと、カラオケを歌うのは不良という極端なことを考えていて、これがカラオケを敬遠する理由の一つになっていました(「カラオケは不良の行くところだと思ってた!」参照)。ですが、ひきこもりになって色々考えているうちに、考えが変わりました。

■ ひきこもりデイケアでカラオケへ!

そこである日、ひきこもりデイケアのスケジュール決めのときに、私自ら「カラオケに行きたい!」と提案しました。苦手なカラオケに挑戦しようということです。これが他メンバーからの支持をいただいて、デイケアでカラオケに行くことになったのでした。

ですが、いきなりデイケアで、多くのメンバーや心理士が見ている中、歌を歌うのは私には難しそうでした。そこでまず、私一人だけでカラオケボックスに行って歌を歌い、それに慣れてから、デイケアで仲のいいY君と二人でカラオケボックスで歌を歌い、そうした「予習」を積み重ねた上で、デイケアに望もうとしたのでした。

こうして社会適応のために一生懸命カラオケに挑戦していた私を、親は冷ややかな目で見ていました。カラオケなんて、ふざけやがって、ということです。私の親はカラオケ好きで、「カラオケ嫌いな奴に、ろくな人間はいない!」とまで断言する人ですが、こうした親には、カラオケが苦手で悩んでいる人のことは分からないのでしょう。

(つづく)

ひきこもりデイケアの3月

3月は、別れの月です。

私が参加するひきこもりデイケアの歴史を振り返ってみても、この時期を境に、複数のメンバーが急にデイケアに姿を見せなくなったことがあります。もっとも、デイケアを卒業する人は例年はあまり多くなく、メンバーの顔ぶれはなかなか変わりません。一旦ひきこもりになってしまうと、そこから抜け出すのは簡単ではないということでしょうか。

デイケアを卒業しても、そのメンバーとの交流がそれで完全に途切れるわけではありません。デイケア在籍中からメールアドレスを交換しているのでいつでも連絡はとれますし、デイケア卒業後も近くに住んでいる人は多いので、じかに会うこともできます(ただ、卒業した人が脱ひきこもりに成功していると、私などは会いづらく感じます)。

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あるメンバーの一人は引越しのため、3月をもってデイケアを卒業することになりました。私はその人とメールアドレスを交換していたのですが、最後にお送りしたメールで「またときどきメールします」と書いたのでした。

しかし、実際はなかなかメールを送ることができませんでした。

どうしてかと言うと、送りにくかったからです。久しぶりにメールを送るとなると、どうしてもお互いの近況の話になりますが、「こちらはまだひきこもっています」などとは恥ずかしくてなかなか書けません。先方もまだひきこもっているとしたらやはり書きにくいでしょうし、ひきこもりを卒業していたとしたら余計な気を遣わせてしまいます。

そうしてずっと渋っているうちに、相手の方からメールが来たのでした。

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