話すことがない−口下手

ひきこもりデイケアにずいぶん前に参加していたある男性は、自分は人と話すのが苦手なんだと語っていました。私は彼とは仲良しだったため、彼の話をいろいろと聞いたのですが、「(人と)話すことがない」と何度か話してくれたのが印象的でした。人と話すための話題がないので、雑談ができないということのようでした。

私も、彼と同じようなことで悩んだことがあったので(今なお悩むことも多いですが)、彼の言うことが少し分かるような気もしました。

それにしても、自分が口下手な原因を自分で知っているのなら、解決策も思いつくというものです。私は彼に、「話すことがなければ、日ごろから意識して話題を探し、会話の引き出しを増やせばいいのでは」とアドバイスしました(※彼は年下です)。

世の中には、会話が苦手な人がたくさんいるのか、そうした人を対象にした本が数多くあり、そうした本を読むと勉強になります。私が読んだ本の中では、『ドキドキしない・つっかえない 誰とでもラクに話せるようになる本』や『雑談上手になる本』等に、話題の探し方や、話題に詰まった時のための対処法等が載っていました。もちろん、単に本を読んだだけでは会話は上手にはなりません。

ただ、今になって思うのですが、彼は、話すための話題を持っていなかったわけでは必ずしもありませんでした。彼は読書家で知識は豊富でしたし、社会で話題になっている様々なことを少なくとも人並みには知っている様子でした。おそらく、知識や情報を持ってはいても、惜しいことにそれを話題として会話に結びつける術を彼は知らなかったのではないか、そして彼本人がそのことに気づいていなかったのではないかというのが今の私の考えです。私自身にも、こういう一面があります。これは実際に意識的に会話をして身につけるほかないのかもしれません。

もっとも、話題がなくて、人と会話ができないという人でも、聞き手に回るという道もあるかもしれません。人間、自分の話をちゃんと聞いてくれる人には好感を覚えるものだろうと思います。

人とコミュニケーションできるのは幸せなこと

ニートの人の中にはコミュニケーションに苦手意識を持つ人が多いようですが、世の中には、何らかの障害があり、発話、言語、コミュニケーションに特別なニーズを持つ人もいます。

私が今読んでいる、Bercow Review という児童・学校・家庭省(イギリス)の調査報告書は、そうした子どもや若者(SLCN; children and young people with speech, language and communication needs)に関するものです。報告書の諮問団には、私がときおり触れている場面緘黙症の支援団体の方も加わっていることから、場面緘黙症児も SLNC に含まれると考えてよさそうです。

報告書では、SLCN を支援するための様々な提言がなされています。

報告書のテーマの一つに、SLCN への早期介入の重要性があります。早期介入がなされないと、様々なリスクが高まります。そして、そのリスクの中には「より乏しい雇用の見通し」(poorer employment prospects)も含まれます。

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現実に場面緘黙症だった頃の私にとっては、何よりも(雇用の問題よりも)、場面緘黙症を克服して、人と言語コミュニケーションをとることができるようにすることが人生最大の目標でした。当時は、自分は就職以前に、このまま人とまともに口をきけないまま一生を終えるのではないかと本気で思い悩んでいたのです。贅沢は言わない、ただ、死ぬまでの間に、人と少しでも人並みに会話ができるようになれば…このような願いを持ったことは少なくありません。

現在の私は、場面緘黙症を克服し、人とそれなりに話をすることができます。先日のひきこもりデイケアでは、メンバーの中で一番うるさくおしゃべりしていたのが、この私だったぐらいです。私がデイケアでつい、うるさくしてしまいたくなるのは、人と言語コミュニケーションをとれるということは実はとても幸せなことなのだということを、誰よりも強く実感しているからなのかもしれません。

人と会話ができるようになった、それだけで自分の人生に100点をあげたいような気もしますが、やはりそれだけでは満足できませんし、満足するわけにもいきません。なんとか社会参加しなければなりません。SLCN にしても、雇用の問題はやはり重要でしょう。

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ただ、発話、言語、コミュニケーションに特別なニーズを持つ人でなくても、人とのコミュニケーションに自信が持てないという無職の人がたくさんいます。なかなか難しいものです。

卒業後、就職も進学もしない者の比率は減少

平成20年度の学校基本調査速報が発表されました。多くのメディアは、調査のうち、特に不登校に関する部分を大きく取り上げています。

私はむしろ、学校を卒業後、就職も進学もしない者(以下、「新規学卒ニート」と呼びます)の数が、どう報告されているのか気になりました。それはもちろん、ニート問題に関心があるからです。

学校基本調査速報によると、ご覧の通り、大学(学部)、短大(本科)、高校では、卒業後に就職も進学もしない者の比率は、減少しています。中学は分からないのですが、よく見ると、横ばいではないでしょうか。

卒業者数、就職者数及び就職率等の推移[ 大学(学部)]
卒業者数、就職者数及び就職率等の推移[ 短期大学(本科)]
卒業者数,就職者数及び就職率等の推移[高等学校]
卒業者数,就職者数及び就職率等の推移[中学校]

※ 文部科学省ホームページへのリンクです。リンク先は、全て PDF ファイルです。

表をじっくり見ると、少なくとも平成以降、新規学卒ニートの比率は、就職率と強い関係があることが分かります(中学除く)。つまり、新規学卒ニートの比率が高い年は就職率は低く、逆に新規学卒ニートの比率が低い年は就職率は高いです(当たり前かもしれませんが…)。

表によると、昭和25〜50年頃の高校、中学の新規学卒ニートの比率は、現在よりもずっと高いことが分かります。ただ、昭和50年以前の統計には、各種学校、公共職業能力開発施設等に入学した者も新規学卒ニートに含まれていました。ですから、昭和50年代以前と現在の水準を単純に比較することはできません。短大(本科)の新規学卒ニートについても同様のことが言えます。

失業と幸福

Clark, A. E. (2003), “Unemployment as a Social Norm: Psychological Evidence from Panel Data”,. Journal of Labor Economics, Vol.21, No. 2, pp. 323-351.

労働経済学では著名な Journal of Labor Economics という雑誌に掲載された論文です。インターネットで無料で読むこともできます。特に技術的な部分で分からないところもあったのですが、大意はだいたい読み取れました(…と思うのですが)。

失業と社会規範に関する計量経済学的な分析です。個人の効用(満足度)は社会規範に依存するとしています。そして、個人の効用を客観的に数値化するために、GHQ-12という、12の質問項目からなる精神健康調査 General Health Questionnaire を用い、これを「幸福(well-being)」として、効用の代わりの概念として用いています。

失業と幸福の関係の分析が中心で、例えば、周囲に失業している人が多いと、働いている人の幸福度はより低くなるのに対して、無職の人の幸福度はより高くなる等のことが明らかにされています。

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社会規範、効用、幸福の話は、私には難しいです。社会規範は経済学的にどう定義できるのか?効用の代わりに幸福を GHQ-12という尺度で測ることはできるのか?…等々。もしかしたら、このあたりのところは、学者の間でも議論が分かれかもしれないとも思うのですが、定かではありません。

失業と幸福についてのくだりは、計量経済学の技術的な部分を除けば、分かりやすいです。学際的で、経済学者の仕事か、もしかしたら心理学者の仕事になるかもしれませんが、日本でもこういう実証研究があれば見てみたいと素朴に思います。

経済学者の間では、一部で幸福に関する研究が進んでいるようで、今回の論文はそうした分野の文献にも引用されているようです。日本でも翻訳書が発売された『幸福の政治経済学』も、その一つです。ちなみに、『幸福の政治経済学』の原題は Happiness and Economics です。 Well-being and Economics ではありません。

経済学の著名な学術雑誌に掲載された内容で、学術的な論評をするのは私には難しく、このような記事になってしまいました。

ふてくされたり、世をすねたり、自暴自棄になったりしない

ずいぶんと長い間ひきこもっています。

これだけ長い間無職期間が続くと、ふてくされたり、世をすねたり、自暴自棄になったりしてもおかしくはないのですが、案外そうなっていない(と自分では思っているつもり)のが不思議です。

自分がニート、ひきこもりであることを決して快くは思ってはいませんが、それなりに元気に過ごしています。

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自分でも不思議に思うのですが、どうして私はこのような精神状態を保つことができているのでしょうか。

もしかすると、長いひきこもり生活を送っているうちに感覚が麻痺し、自分の現在置かれている状況の深刻さが分からなくなってしまっているだけなのかもしれません。

いや、ブログを書き続けて、コメントやメールというかたちで様々な方のご意見を頂戴しながら、自分の気持ちを整理してきたからなのかもしれません。自分の書く内容が不特定多数の方に見られることを意識すると、あまりみっともないことを考えることもできません。

何らかの目標を持っていることも精神に良い影響を与えているのかもしれません。特に姉妹サイトの内容の充実にはやりがいを感じています。

息子がひきこもりながらも、(良い意味で)自分の楽しみ、生きがいを追求している親の存在も大きいかもしれません。

あと、ひきこもりデイケアに参加していることも大きいでしょう。同じ境遇の人たちと交流することで孤独感はやわらぎます。また、このデイケアを通じて、私は自分を変えて自信をつけることができました。

明るく元気で前向きな無職生活を送るというのは無理な話かも知れませんが、心のありようには気をつけたいと思います。

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