どのような児童生徒であっても受け入れるのが小中学校だが…
高校以上になると、少し話が変わってきます。入試に合格する力がなければどの学校にも入学できません。学校も、優秀な生徒を獲得したがっています。しかし、それでも、不登校経験者や学校中退者を意識した高校や大学、さらには高卒認定試験があるなど、多くの人にある程度受け入れられやすくなっていると私は思います。
企業や官公庁になると、もっと話が変わってきます。企業や官公庁は、仕事に就いていない人はどんな人でも受け入れてくれる、そういう性格の場所ではありません。従業員に対して「この職場で何ができるか」を求めるため、例えばコミュニケーション能力がないなどの理由で「使えない」と思われる人は採用しない方針です(もっとも、それが悪いと言うつもりはありません。当然のことだろうと思います)。
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私などは、この、学校と企業・官公庁の違いが非常に大きなものに感じます。学校に入学することの難しさと、企業・官公庁に就職することの難しさは、まるで比較にならないと感じます。
私がこのように考えるのは、私は不登校の延長でニート、ひきこもりになったのではなく、不登校を経験せず、大学卒業後にそのままニート、ひきこもりになったからかもしれません。大学卒業時が就職氷河期だったことも関係しているかもしれません。
発展途上国のニート人口を求めてみる
とはいえ、「いない」ことを証明するのは難しいものです(「悪魔の証明」)。むしろ、途上国にニートが「いる」ことを証明する方が重要でしょう。
■ 途上国のニート人口を求めるのは困難だった
そこで、途上国の国勢調査などから、ニート人口を調べてみようと考えたわけですが、これは私にとって非常に困難な試みでした。途上国の統計資料を集めようにも、その国の言語が分かりません。多くの国では英語など複数の言語で資料が公表されてはいるのですが(英語なら何とか分かります)、それでも、言語ゆえか、それともそのお国の事情ゆえか、公表されている資料は限られています。
特に大きかったのは、年齢階級別の非労働力人口についての数字を集めることがほとんどできなかったことです。ニートは若者の問題のため、年齢階級別の数字が欲しかったのですが、ほとんど見つかりませんでした。このため、途上国のニート人口を算出することはできませんでした。
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※ このままこのエントリーを終わらせてもいいのですが、せっかくですから、無理を承知でまだ続きを書いてみます。
しかし、「ニート」に近い人たちの人口であれば算出することができました。先にもお話したとおり、ニート人口の算出に最も大きな障害となったのは、年齢階級別の非労働力人口が分からなかったことですが、全年齢階級の非労働力人口であれば分かる国がいくつかありました。
これをもとに、途上国の「ニート」(に近い)人口を求めてみます。そして、途上国のニート人口比率を日本と比較してみます。ただし、以下では少し無理なことをしています。
ひきこもりは暇か
私の親のように、普段から仕事に出ることが多く、家にいる時間が少ない人だと、たまに仕事が休みの日になると、どう過ごせばよいか分からなくなるのだろうと思います。しかし、毎日家にひきこもってばかりいる私は、家での時間の使い方をそれなりに見出すようになりました。
私の活動範囲は主に家に限られてしまいますが、その狭い活動範囲でも、できること、やりたいことがたくさんあります。そして、暇どころか、時間が足りないと感じるほどです。
例えば、自分の価値を高めるための勉強をする時間がもっと欲しいですし(この勉強が社会参加につながるといいのですが)、ブログなどホームページを更新する時間も欲しいです。食パン1枚などの簡単な食事ではなく、栄養のバランスを考えた料理を作って食べる時間も欲しいですし、睡眠時間もちゃんととりたいです。正直なところ、勉強もブログ更新も忘れて(!)、娯楽のためにたくさん時間を使ってみたいと思うこともあります。一日中家にいるとはいえ、こうしたことをする十分な時間が24時間ではとても足りません。もっとも、時間が足りないのは、単に私の時間の使い方が悪いだけなのかもしれません。
とはいえ、全てのひきこもりの人が、私のような時間の意識を持っているわけではないようです。家にいても特にすることがないというひきこもりの知人が、かつて何人かいました。私はひきこもる前からインドア志向だったので、家での過ごし方に慣れていただけなのかもしれません。
自信を「取り戻す」「回復する」という言い回し
この言い回しには違和感を感じます。なぜならば、ひきこもりの私は、生まれてこのかた自分に自信というものを持ったことがないからです。持ったことがない自信を取り戻したり、回復したりすることなど、できやしません。
もっとも、こんな私でも、個別の事柄については自信を持つことはあります。例えば、九九をそらんじることには、いくらなんでも自信を持っています。
一方、肝心の、人付き合いの自信とか、働くことの自信、社会参加の自信は、物心ついてから持ったことがありません(ですから、「失った」こともありません)。ひきこもり支援機関の中には、特にこうした自信をひきこもり者に取り戻させることを目標の一つに掲げているところがありますが、少なくとも私について言えば、こうした自信は、取り戻すことも回復することもできません。もともと持っていなかったのですから。
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このように、「自信を取り戻す」「自信の回復」といった表現には違和感を感じるのですが、もしかすると大多数のひきこもりの人は、私と違って、もともと自信は持っていたものの何かのきっかけで失ってしまったため、このような表現になったのかもしれません。
そうでなかったとしても、この程度の言葉の問題は些細なことだろうと思うので、あまり大きく騒ぐつもりはありません。「自信を『つける』という言い方に変えろ!」などと声高に叫ぶつもりもありません。強いて言えば、このような表現を使うひきこもり支援施設は、私のようなひきこもり者について、正しい理解ができるのだろうかという疑問を感じないまでもないのですが、まあ、考えすぎでしょう。ただ、少し気になったので書いたまでです。
世界各国の非労働力人口の分類
どの国も、主に働かない、職探しをしない「理由」に基づいて、非労働力人口の分類を行っています。
■ 日本[2]
家事
通学
その他(高齢者など)⇒このうち、15〜34歳は「ニート」
※ 詳しくは、「非労働力人口の分類」をご覧下さい。
■ 台湾[3]
仕事に就く意思があり、就くこともできるが、探していない
(Intend and be available to work but not seeking)
通学中または受験のため?(後半、訳せません)
(Attending school or rebrushing to take entrance exams)
家事 (Housekeeping)
高齢者、障害者 (Old age & disable)
その他 (Others)
日本と似た分類です。日本とは異なり、高齢者や障害者を分けています。
■ インド[4]
学生 (Students)
家事 (Household duties)
扶養家族 (Dependents)
年金生活者 (Pensioners)
乞食、浮浪者など (Beggars, Vagrants etc.)
その他 (Others)
「扶養家族」「年金生活者」「乞食、浮浪者など」が日本にはない分類です。日本で言うニートやひきこもりの人の多くは、この中では「扶養家族」に当たるのでしょうか。「乞食、浮浪者など」は、途上国らしいです。







