ひきこもりになって、どう思った?
ひきこもりの参加者たちは、「自分がひきこもるなんて、思ってもいなかった」「こんなはずじゃなかった」と答えていたと思います。
ところが私は、全く逆の答えをしました。
「自分はひきこもる前から、学校に通いつつも学校不適応を起こしていた。不登校にならず学校に通う自分に違和感を感じ続けていた。大学を卒業し、ひきこもるようになって、自分の本来の場所に落ち着いたような感じがした」
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長年にわたる学校不適応により、社会不適応感が植えつけられたのでしょう(不適応と不適応感は別ですが)。
学校不適応は、社会不適応に必ずしも結びつかないだろうと思います。しかし、私の学校不適応は、ごく基本的なコミュニケーションがとれないとか、基本的な作業ができないといったものであり、こうした問題はそのまま社会不適応につながるだろうことは想像に難くありませんでした。社会への適応は、学校への適応よりも難しそうでしたから。
こうした不適応を就職前になんとかしたかったのですが、改善できなかったために今日の私があります。その後、ひきこもりデイケアで多少適応の方向にもっていくことはできました。
住む世界が違う
私も私で、幼稚園〜大学に通っていた頃は、自分は世間一般の人と比べてあまりに変わりすぎていると感じていました。この世で私以外の人は、みな私とは違う「あちらの世界」に住む人ではないかと、そこまで考えてたのですから、おかしなものです。
人と会話ができなかった私にとって、日常的に特に苦もなく会話をしている私以外の人たちは別世界の人に見えましたし、友達が10年以上にわたって一人もいなかった私にとって、友達がいる私以外の人たちは違う世界の人に思えたものです。価値観も、私とそれ以外の人とは、あまりに違いすぎました。
こうした人たちと交わる自信は私にはなく、実際に孤立することが多かったです。孤立しないこともありましたが、そうしたときは大抵、親切な人が私が孤立しないように色々と世話を焼いてくれていたのでした。
このような私が、大学卒業後、社会に参加するなど、とてもできそうにないと思ったものです。将来社会人になるであろう同世代の若者や、既に社会に出てこの日本を支えている人たちは、みな自分とは違う「あちらの世界」の人のように思えたからです。
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その後、ひきこもりデイケアに通い、自分を「普通の人」に近づけることができてから、ようやく、こうしたおかしな感覚から少し自由になることができました。それにしても、あれはいったい何だったのでしょう。
U指標
Bregger, J.E., Haugen, S.E., "BLS Introduces New Range of Alternative Unemployment Measures", Monthly Labour Review, vol.118, no 10, October 1995, pp. 19-26.
先週お話したとおり、アメリカ労働統計局は、失業に関する代替指標を導入しています。以下の U-1 〜 U-6 というのがそれで、このアメリカの代替指標は特に「U指標」とも呼ばれています。
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U-1:失業期間15週間以上の失業者
U-2:失業者と一時的な職を終えた人
U-3:全失業者
U-4:全失業者+求職意思喪失労働者
U-5:全失業者+求職意思喪失労働者+他の全ての marginally attached workers
U-6:全失業者+全ての marginally attached workers +経済上の理由でパートタイムの職に就く全ての労働者
[用語の解説]
○ marginally attached workers:現在働いていなければ仕事も探していないが、職を欲し、職があれば就くことができ、近い過去のある時期に仕事を探したことがある人。適当な日本語訳が分かりませんでしたので、英文そのままで表記しました。
○ 求職意思喪失労働者:marginally attached workers の一部。労働市場に関係した理由により、現在職を探していない人。
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実はこの代替指標は1994年に改訂されたもので、それ以前は U-1 から U-7 までの7段階からなる指標でした。今回私が読んだ文献には、U指標の成立、改訂の経緯や、指標の詳細についてまとめられています。
こうした代替指標はカナダ、メキシコなどアメリカ以外の国々でも開発されているそうですが、日本では聞きません。まれに、日本のU指標が試算されることがあるぐらいです。アメリカなどで代替指標が開発されたのには、こうした指標に意義が認められたからなのですが、日本では代替指標は必要ないと考えられているのでしょうか。
もしかすると、こうした代替指標で失業率を計算すると、広義の失業率(U指標で言えばU-6)はとても高くなってしまい、政府に対する国民の不満の種になりかねないからではないかとも思えてきますが、なんだか考えすぎのような気がします。
日本では「完全失業者数(完全失業率)」に加えて、フリーター、若年無業者(ニート)などと分けられ、それぞれ別に、その数が推計されるのが普通です。
不登校→ひきこもり→フリーター→ニート
秋山博介「不登校についての一考察その2 : 学校教育とひきこもり、フリーター、ニートとの関係」『実践女子大学生活科学部紀要』第44号、1〜14ページ、2007年。
不登校児が「不登校→ひきこもり→フリーター→ニート」になる可能性があると述べられていましたが、私とは少し考えが違うと感じました。何が違うのだろうと考えていたのですが、どうも「ニート」の取り扱いに違いがあることに気づきました。
論文の著者は、ニートは、無気力で、働く意欲が少ない若者と考えています(ただし、そういう若者を非難しているわけではありません)。
他方、私は、ニート(NEET)は、Not in Education, Employment or Training、つまり教育を受けておらず、雇用されておらず、職業訓練も受けていない状態の若者と考えています。統計をとる際には、便宜的に、非労働力人口のうち、家事も通学もしていない15〜34歳の若者などと定義されることもありますが、いずれにせよ、気力や意欲のあるなしは関係ないと考えています。
私が考えているニートの定義に従うと、ひきこもりはニートの一部です。ですから、「不登校→ひきこもり→フリーター→ニート」は、私とは違うなあと考えてしまったわけです。
私はニートというと、学術的には労働経済学や労働政策の文脈で論じられるものと考える傾向があるのですが、今回の論文の著者は、社会福祉や臨床社会学がご専門で、その点からこのような違いが出たのかもしれません。
ただ、不登校が長引くと、ひきこもりやニートにつながる可能性は確かにあると思います。
※ 今回の論文は、以下のページから無料でダウンロードできます。国立情報学研究所のサービスです。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006392843/
親擦れより友擦れ
■ 数少ない友達から多大な影響を受ける
私が子供時代にできた友達は、ほんの一握りでした。数少ない友達のうち、最も仲良く、影響も受けたのが、小5〜中1にかけて同じクラスだったK君です。彼のお父様は大学教授(助教授だったかも)とあって、子供ながらにして、インテリでアカデミックな人でした。
私には友達が少なかった上に、彼とは3年間も友達付き合いを続けたため、彼一人から多大な影響を受けることになりました。しかし、もっと多くの友達を作っていれば、もっと多様な人から多様な影響を受けることができたのではないかとも思います。K君とクラスが離れ、友達付き合いも自然消滅すると、その後友達はできなくなり、友達から影響を受けることもなくなりました。
■ 親擦れより教師擦れ
友達が少なかった分、親から受けた影響は大きかったのかといえば、必ずしもそうではありませんでした。
私の場合、親よりもむしろ学校の先生から大きな影響を受けました。学校の先生がおっしゃることと、親が言ったことに違いがあった場合、私は先生がおっしゃることを信じてきました。そのため、私は学校では先生方からの受けがよかったのですが、反面、親の言うことに時として逆らい、親不孝の面もあったかもしれません。
そういうわけで、友達のほとんどいなかった私にとっては、「親擦れより友擦れ」ではなく、「親擦れより教師擦れ」の方がしっくりきます。しかし、世の中には教師から教わることのできない大事なこともあるでしょう。教師の影響ばかりを受けたせいか、私はそうした方面については少し疎くなってしまったような気もします。※そういえば、最も影響を受けたK君も、お父様は大学の教師でした。







